お悩み社長
M&Aでいわれる”自走”とは、一般的に「買手から経営面で常時支援を受けなくても、既存の経営陣・従業員を中心に事業を運営できる状態」をいいます。
中小企業のM&Aでは、売却と同時に社長兼オーナーが退任するというケースも多いので、その方が抜けた後にきちんと会社が運営できるかどうかというのは買手にとって最大の関心事でもあります。
そんなことから、買手から「自走できるか?」と聞かれるケースもあるでしょう。
こういう話をすると、売手の中には、「え?M&Aしたら代わりの社長を送ってくれるんでしょ?」みたいに言われるかたも結構いたりします。
M&Aって必ずしもそういう訳でもないです。
売手企業にいる№2を代表にして、事業継続するケースもあります。
また、社長の業務を分解して引き継ぎ、新社長は週に1日しか会社に来ないってこともあります。
売主によっては、
「買った会社に新しい代表が常駐するのが当たり前だろ」
「買った会社の従業員だけで運営するなんてマネーゲームだ」
みたいな、ちょっと過剰に反応される方もたまーにいるので、実際の管理について解説していきたいと思います。
自走可能もいろいろある
ここでは、買手が「自走可能か」と言うときの腹の内についていくつかのパターンをみていきます。
ちなみにどのパターンであっても、買手が自走案件と口にするとき、これは別に無責任で言っているわけではありません。
高いお金を出してM&Aした訳ですから、その後会社をほったらかしにして業績悪化しても買手にとって何のメリットもないですからね。
経営人材を送り出すつもりがない
売手側と違い、買手側は必ずしも売手社長と同じような働き方をしようと思って買収するわけではありません。
会社で回ることは会社でやってもらい、経営管理や必要な時に現地で対応するということを前提にM&A検討する買手も割と多くいます。
なので、平日は毎日会社にきて、社長の椅子に座っている、という感じで常勤スタイルにならないことも多いです。週1日だけ顔を出す、といった関与も普通にあります。
よく買収する会社の場合、経営人材が複数社の代表を掛け持ちするということもあるので、物理的にも毎日常勤で出勤とかは難しいケースもあるのです。
「いやいや、でも社長は会社にいるものでしょ?」
その気持ちもわかります。
でも、このこだわりを買手に強く要求すると、検討してくれる買手が減ってしまうばかりか、M&Aの譲渡金額が減る可能性もあります。
というのも、買手の経営人材の人件費をフルでその会社の今後の収支に織り込むと、将来の収益力が悪化してしまい、結果として買手が売手に支払うM&A対価も安く見積もらないといけなくなってしまいます。
ここはある程度、買手の運営スタイルだと思って割り切るのも交渉の上では大事だと思います。
業界知見が足りない
買手にとって、「この事業は弊社と非常に親和性がある分野だが、今時点は知見がない」というような異業種でもM&Aを行うことがあります。
この場合、買収した会社が、少なくとも現状維持してくれるためには、既存の体制が買収後も機能することが重要になります。
なので、社長やキーマンが抜けた途端に会社が回らなくなる、という会社だったら検討段階でリスクが高いと判断するでしょう。
このような場合に「自走は可能か」という質問になります。
一旦は、M&A後も今までの運営を継続しつつ、その間買手も売手企業の事業をキャッチアップし、協業・統合できるようなところから着手していく、ということを想像しているのかもしれません。
異業種間のM&Aは、買収後、売手企業側としては「あれ?M&Aしたのに全然今までと変わらなくない?」と思うケースも結構あります。
悪く言えば「放置」、良く言えば「主体性を尊重」みたいな。
働く従業員にとっては、いきなり見ず知らずの人から分かったようなことを言われるのはストレスもあると思うので、そういう意味では、今まで通りの仕事ができるこのようなケースがマッチする会社もあるでしょう。
当面今までの収益力を維持してほしい
買手が買収する時には、売手企業が今後どのくらいの収益を出すかをもとに買収金額を決めるケースも多いです。
ただ、実際にはこの収益予想を上回ることもあれば下回ることもあります。
もちろん買手にとってみれば上回る分には問題ありません。問題は下回る場合です。
当初見込んでいた収益が見込めなくなった場合には、のれんの減損などの処理を行うことになりますが、これは同時にM&Aの失敗と見做されることもあるため、上場会社などであれば株価下落要因になったりもします。
そのため、減損にならないような保守的な条件設定をしたいというのが買手の本音ではありますが、安い金額ではそもそも売手が売らない、他の買手と交渉が進んでしまう等の理由で、ちょっと無理をした買収価格の設定をすることも実務的にはあります。
そうなると、何としても買収後に業績悪化という展開は避けたいと思うわけです。
買収した会社に大きな変化を加えると今までの収益力が維持できなくなる可能性もあるので、一旦は今まで通りの体制で自走してもらうというのも合理的な判断になります。
必ずしも「自走希望=人任せ経営がしたい」という意味ではない
買手が売手企業に自走を希望すると、売手オーナーとしては「私の代わりの人をよこしてくれるんじゃないの?」と驚いたり、失望したり、お怒りになるケースがあります。
この売手オーナーの感情を垣間見ていくと、売手が「買手は人任せ経営がしたいんだろう」という勘違いをしていることが少なくありません。
ですが、これは間違いです。
中小企業は割と売主になる社長兼会社オーナーがほぼ全てを掌握していて、この人がいなくなることで会社が一気に傾く可能性は当然あるので、「もしM&Aを期に売主が会社からいなくなったとしても、会社はきちんと運営できますか?」というのはどんな買手でも聞きたいと思っています。
つまり、鶏の卵のように「買収して、勝手に運営してもらって、毎期出る利益だけ回収する」という人任せ経営が目的で自走を希望している買手が多いわけではないってことです。
たまに「サラリーマンこそ会社を買うべき」みたいな話の中で、上場株や不動産と同列でこうした未上場株が扱われていることもありますので、勘違いした個人投資家が利回りだけみてM&Aを考えることもあるかもしれませんが、一定規模以上のM&Aならこういう投資家はほとんど目にしません。
事業承継系の中小企業M&Aで語られる美談では「やる気のある買手社長が事業承継に困った会社に入り込んで立て直した」的な話も多いので、売手としては「M&Aしたら意欲のある買手が問題解決してくれるんだろう」と考える方もいると思います。
ただ、逆に、買手経営者はもっと俯瞰して、グループ全体としてもっと成長していくことも視野に動くことに時間を割いているほうが今後の伸びしろがあるという考え方もありますよね。
どんな人に会社を任せたいか、は人それぞれですのでここに正解はありません。
買手ときちんと向き合ってみれば、「自走希望=人任せ経営がしたい」という訳ではないこともあるので、きちんと会話をして誤解が無いようにしておきましょう。
自走できるって実は名誉なこと?
実は、「自走できるか」と聞かれること自体、売手にとっては名誉なことなんです。
というのも、買手が投資家として売手企業の経営に責任を持つ以上、少なくとも事業を立て直す必要が大きい会社をそのまま自走させるという判断はしにくいでしょう。
売手企業の従業員は独力で稼いでいるという自覚があり、買手も必要以上に口出ししなくてもよく、両社が余裕を持ったうえで前向きに相乗効果を狙いにいく。
これが、M&A後もうまくいっている会社の一例でもあります。
一方、すぐにでも立て直ししないといけない会社は、従業員からしてみれば、M&A後に急に仕事の内容が変わったり、今まで通っていた経費精算も通りにくくなり、その代わり、今までの緩めの勤務体系は大企業並みに管理される・・みたいな、やりづらさが出ることもあります。
従業員がのびのびと今後も働くことができる、という観点では「自走」に対する捉え方も変わるかもしれませんね。
いかがでしたでしょうか?
ファンド系の買手だと特に自走案件に対する希望を明確に持っていることが多いので、そういう買手に当たった売手は「そういう考え方もあるんだ」と気づくことも多いと思います。
M&Aについて詳しい中小企業オーナーなど多くはないので、「M&Aってこういうもの」と偏ったイメージに固執せずに、色々な買手の意見も聞きながら、自分はどういうM&Aがしたいのかと広く考えていただくと、思わぬ良い出会いもあるんじゃないかなとも思います。
是非、可能性を広く持ってM&Aを考えていきましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。

