お悩み社長
M&Aというのは、最終的にはどこか1社と契約を交わすのですが、それに至るまでに複数の買手候補の中から売手企業が選ぶ、という場面も多々あります。
筆者もM&Aに長年携わっていますが、人気の案件ともなると10社近くから具体的な条件提示を貰うような場面にも遭遇します。
「うちは1億円程度なら出せる」
「いやいや、他社が1億円ならうちは1億1,000万円だ!」
「今すぐ1億2,000万円で意向表明書*出すからこれで決めてきてくれ」
*意向表明書とは、買手から売手に対する初期的な条件提示が記載された書面のことです
みたいな感じで、どんどん値段が吊り上がっていくこともあります。
表現悪いですが、セリみたいですね(笑)
人気案件において、各買手企業にフェアに条件提示をしてもらう場面で取り入れられる方法で「入札方式」というものがあります。
実際、「入札方式」を取り入れて買手打診をしているケースは、最近のM&A仲介会社の中ではあまり無いですが、その理由も含めて解説していきたいと思います。
本日の話題が参考になる方
それではいきましょう!
具体的に「入札方式」って何??
ここでは、初めてM&Aを検討しようとしている売手オーナー向けに説明しますので、ざっくりこんなイメージでご理解下さい。
通常M&A業者が行っている方式。1社ずつ面談するなどし、その後交渉を進めていくか都度Yes/Noジャッジをしていくような進め方。親が紹介するお見合いのような感じ。
複数の買手候補先に同じ情報を出し、ある程度規定のスケジュールの中で提示条件を募る方式。一斉に買手から提示条件がもらえるケースもある。お見合いパーティのような感じ。
入札方式は同一のIP(インフォメーション・パッケージ)を秘密保持義務を負った買手候補先に提出し、一定期日までに買収条件を記載した意向表明書を買手から売手に提出する、というものです。で、売手はその提出された意向表明書の中から1社を選びます。
数あるラブレターの中から「君に決めた!」みたいな感じですね。
入札方式を採用した場合、買手候補としては「他はもっと高い値段を出すのではないか?」と疑心暗鬼になり、普通では出さないような条件提示をしてしまうことがあります。
なので、思わぬ高値がつく可能性がある、という意味では売手にとってメリットがあると言えます。
ですが、ここには大きな落とし穴があります。
それは、買手候補が「売手からどうしても選ばれたい!」と思われるような案件でないと入札が成り立たないということです。それゆえ、上であえてお見合いに例えたのは、人気のある(検討する買手が多い)売手企業でないと「入札方式」が逆に残念なものになってしまう、と言いたいからです。
あとは、買手企業にとってみたら、思わぬ高値掴みをしてしまう可能性もあるので、「ビットになるならウチは参加しないよ」というケースも多々あり、入札方式は相対方式よりも買手からは忌避される可能性が高い存在ですので、本来検討してもらえるはずだった買手候補を逃してしまうことにも繋がることを覚えておきましょう。
なお、候補先数が多いケースで入札を行う場合は、一社一社トップ面談をしないこともあるので、意向表明書を提出してから、基本合意前に会っておきましょう、みたいな順番になるケースもあります。
場合によっては、一次入札で買手候補を一度絞り、絞られた買手候補とそれぞれトップ面談し、二次入札をして一社に決めるというケースもあります。買手候補にとっても、会ったことのない会社にいきなり値付けするのは難しいですからね。
入札方式では、段取り次第では売手が価格以外の要素で買手を選ぶということもできますが、実務的には売手が買手候補と会ってもいない中、価格などの提示条件以外の要素で選ぶことは難しいです。
そもそも、「入札」という発想に行きつく時点で、売手が「M&Aで会社を売却するのであればいくらで買ってくれるかが最重要!」という考えを持っているケースがほとんどです。一社一社丁寧に話を聞き、シナジーがあるかを吟味して買手候補先を一社にするという話であれば、別に入札にしなくても相対方式で事足りるわけです。
筆者が以前会話した買手企業の社長の話ですが、「金額は重要だけど、ほぼ金額条件しか見ずに交渉相手を決めるっていうのは弊社とは経営者として考え方合わない」という会社もあります。案件によって入札方式が有効なのかは事前にきちんと見極めないと、ただ単に候補先を減らして、結果相対方式で探すよりも条件が悪くなるということもあります。
だから、「入札方式」は「相対方式」よりも金額が高くなる、とは一概に言えません。
M&Aの教科書的には「入札方式」の方が価格が高くなる、と言っているケースもありますが、それはそもそも買手候補先間で競争関係が生まれるケースが前提であることが多いです。
・買手候補先が「この会社は何としても欲しい!」と思うような会社であること
・買手候補先がそもそもたくさんいる業界、業種であること
そんな入札方式でも、比較的短期間で成約する可能性があるというメリットはあります。
M&Aで何が一番時間がかかるかっていうと、売手が「この買手もいいけど、あの買手もいいかな、う~ん」とか「今回接点があるこの会社を選んでいいのかな?」と考える時間が発生し、場合によっては基本合意に至る前に何度も面談するケースもあります。それもそのはず、会社を委ねるって売手には初めての経験なので、それぞれの買手とのM&A後の姿を想像したくなるのです。
一方で、入札方式の場合は価格条件など買手選びの判断基準を固定して、期日に集まった意向表明書を見比べて選ぶわけなので、入札方式の方がスケジュール通りにM&Aを進めることができ、結果短期間で成約までいくことが多いです。もちろんこれは、札が想定通りに入ればの話です。
入札方式は情報漏洩のリスクが高いと指摘する人もいますが、情報漏洩のリスクはM&Aを検討する期間にも比例する(時間をかけて検討すればその間に情報が蔓延する)ので、短期間でパパっとやれる分には情報漏洩のリスクは低くできると言えます。もちろん、情報開示をする買手候補先数は相対方式よりも多いので、秘密保持を締結しているとは言え、自社の情報を広く開示していること自体は情報漏洩リスクを負っていることにはなります。
なぜあんまり「入札方式」って普及していないの??
実際、M&Aの現場で「入札方式」という買手候補先打診はあまり行われていません。
大体はこんなことが理由として挙げられます。
・入札方式がアレンジできる仲介会社、コンサルタントが少ない
前述の通り、「入札方式」を採用する為には、「大人気の案件」になることが見込めないといけません。
入札をやってみたけど誰も札をささない、というのはとても寂しいです。
じゃあ、中小企業のM&Aで「大人気の案件」ってどんなの?というと例えばこういう条件を兼ね備えた案件です。
・一定の規模感がある
・売手オーナーが抜けても大勢に影響が無い程組織ができている
・ビジネスモデルが一般的なもので、既に同種の会社のM&Aが盛んに行われている
ビジネスモデルが複雑だったり特殊だったりすると、意向表明書提出までに説明する部分が多く効率的に入札が開催できません。
また、買収金額の市場感が存在しないようなニッチな業種だった場合、バリュエーションしても入札方式で狙っているような買手候補先同士の腹の探り合いもあまり起きず、金額が吊り上がるということも望み薄になります。あとは、そもそもニッチ業種の場合、同業種のM&Aの前例も少ないため、エントリーする買手候補先の数が想定できません。
要は、「よく同種の案件は世の中に出てくるけど」、「いつも標準並みのバリュエーションで意向表明を出しても基本合意に進めないという買手がごまんといる」というジャンルで、しかも、それなりの規模感があり、業況が絶好調という会社あるという「レア感」が必要な訳です。
こういう案件は中々ないです。「レア感」が無いと入札に参加しない買手が多くなってしまうので、なんでもかんでも入札方式ではできません。
ちなみに筆者が過去入札を実施した例としては「ソフトウェア受託開発・SES業」などがあったりします。
この業種は、経営者が比較的若いケースが多い、という事情もあり、「ドラスティックに買収金額で選ぶために入札方式を採用しよう」というきっかけも多いのかもしれませんが、実は上記の背景にピッタリあっています。
ソフトウェア受託開発・SES業は技術者を買うようなもので、複雑なビジネスモデルはあまり無いので企業評価しやすく、かつ、買手企業が売手企業に対して圧倒的に多いため、小規模な案件でもそれなりの株価がつくこともよくあります。ましてや、好財務で中規模以上のサイズ感であれば、普通に相手探しをしても引く手あまたなので、入札方式に向いているというわけです。
また、入札方式が普及しない背景として、アレンジできる仲介会社、コンサルタントが少ないこともあげられます。
入札は仲介会社にとってそんなに簡単ではありません。
そもそも相対方式よりも入札方式を取ることで売手の希望を満たせると判断できるほどの経験があるコンサルタントが少ないです。実際、多くの仲介会社の中には「入札はやったことが無い」というコンサルタントが大半だったりします。
また、入札の場合は、仲介業者から提供する情報が、買手企業の投資判断に足るレベル感である必要があります。
最近M&Aの現場でトラブルを起こしているような仲介会社は、コンサルタントが単なるメッセンジャーボーイをしているだけ、というケースも多いので、買手企業の指摘で初めて譲渡企業の瑕疵に気づくようなケースもあったりします。
入札で期日を決めているのに、後からぽろぽろと新しい情報が出てきたりすると入札運営もグダグダになってしまい、結果、買手候補先間で情報格差が生まれてフェアな条件提示ができなくなる可能性だってあります。
入札をする場合には、コンサルタントの知識と経験が不可欠なんです。単純なノリで「入札やってみましょう」と持ち掛けてくるコンサルタントは本当に危険なので十分注意しましょう。
「入札方式」をしたい時はどうしたらいいの?
それでは、もし価格条件を最優先して入札方式で買手を探したい場合はどうしたらよいでしょう?
その場合は、まず入札実績のあるコンサルタントに相談することをお勧めします。
まず、譲渡したい会社が入札方式に適しているのかを判断する必要があるので、買手企業の市場感も理解しつつ、入札を実際に実施したことのあるコンサルタントに話を聞くことが一番です。
とはいえ、ネットで適当な仲介会社に問合せしても単純に売り込みされる可能性が高いので、丸め込まれるのが不安な方は、公的機関である「事業承継・引継ぎ支援センター」に相談したり、筆者にご相談いただいても良いです。
正直入札で買手を募集しない方が良いケースも結構あるので、きちんと状況を理解した上でM&Aを進めていただければと思います。
いかがでしたでしょうか?
入札案件は実際中小企業のM&Aでは見る機会が少ないです。それゆえ、入札を経験したコンサルタントは少ないですし、それを行うことによるリスクはあまり分からないことも多いです。
基本的に調べて得られるM&Aの情報多くは大企業向けの教科書的な話が多くて、中小企業にはマッチしない内容も多いので、テクニカルな話になってくると急に分かりづらくなることがあります。M&Aいろは塾では中小企業向けに特化して、実際行った場合に起こりうることを分かりやすく理解できるサイトにしておりますので、是非他の記事もご参考いただければ嬉しいです。
M&Aに関する素朴な疑問や、M&Aを進める上で不安なことがありましたら下のボックスからM&Aいろは塾に非公開で質問もできますので是非ご活用下さい。