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「なぜ、M&A業界では買手います営業が流行したのか」をマーケティング目線で考える

 

「M&Aの営業」と聞いて、いい印象を持つ方は今やほとんどいないのではないかと思います。

 

というのも、毎週、電話なり、DMなり、お問合せメールなりで止むことなく営業がなされ、中には自宅にも営業されることもあるくらいです。

 

実際にM&A業者と会われたという会社オーナーも数多くいますが、「会ったものの中身のない面談だった」「買手がいると言っていたのに全くのデタラメだった」という方も多いですし、あるいは、M&A業者の言っていることを信じてしまい着手金も払って仲介契約を結んだのに何も具体的に進まない、と後悔する方もいます。

 

こういった背景から中小企業庁へもクレームが数多く来ており、M&A業者が遵守すべき中小M&Aガイドラインなるものも強化されてきているのが現状です。

 

それにも関わらず「買手います営業」はまだ存在します。

 

世間的にも叩かれることを承知でやっているのであるとするなら、なかなか神経が図太いなとも筆者は思ってしまいますが、ある意味「いくら非難されようが利益になるならやってやろう」と思ってしまうほど、営業的にはメリットがあるのではという考え方もできるはずなので、今日はそのような話題に触れてみたいと思います。

 

誤解がないようにですが、筆者はこういう営業についてはM&Aの信用を落とすものなのでやめた方がいいという立場です。解説した後、信用できる業者の見分け方も記載していますので、最後までお読みいただけると嬉しいです。

 

M&A業者が買手います営業をするメリット

 

まず、「買手います営業」をするM&A業者のメリットについて考えてみます。

 

筆者的にこの営業手法は人を騙して自社にメリットのあることをする悪質な行為(ちょっと法律寄りな話でいえば、不当表示や誇大広告、誤認惹起、詐欺とかに該当?)ではないかとも思っているところですが、その辺は一旦置いておいて、まずは商売的な視点で考察してみます。

 

①M&Aの顕在ニーズ層だけ拾える

「買手います営業」は、M&Aの顕在ニーズを拾えるという点がマーケティング手法としてM&A業者にとって利用価値があると思われています。

 

顕在ニーズとはどんなものかというと、「今M&Aしてもいい」「相手がいるならM&Aしてもいいかな」という、すぐM&Aの話になり得る売手の気持ちをいいます。

 

これに対して、潜在ニーズとは、「今はまだ子どもが会社を継ぐと言っているからM&Aは考えること自体まだ先かな」「いきなり資本提携はする気はなく、業務提携の先に資本提携かな」という、将来的なM&Aは否定しないものの、今取り組むべきことではない、という売手の気持ちをいいます。

 

M&A業者は顕在ニーズの方を欲しがります。

 

だって、潜在ニーズをどれだけ拾っても今期の売上には繋がらないからです。

 

その点、「買手います営業」は、「買手がいるんですけどM&Aしませんか?」という投げかけでもあるので、潜在ニーズを持つ会社オーナーよりも、顕在ニーズを持つ会社オーナーが反応する確率が高くなるから営業の観点からすると効率が良いわけです。少しドライな言い方をすると、売手見込み先の売る気持ちの大きさを基に、案件をスクリーニングできるということです。

 

本当は、業者が潜在ニーズ層に対してもきちんとフォローして、いざM&Aに取り組むぞというときに信用できる業者がそばにいる、というのが望ましいものですが、どの業者も目先の利益を取る動きしかしていないという現状があります。

 

②営業コストが安い

DMや手書きの手紙をみると、事前に買手候補(業者のいうクライアント企業?)と綿密な打ち合わせを経て、資本提携の打診を仕掛けている風を装っているように見えますが、実際は商工リサーチやら帝国データバンクからリストを買って、大体の業種・エリアなどで絞って同じ文章を送っているだけです。

 

なので、「買手います営業」にかかるコストは、リストを購入する費用とDMの郵送代や電話を掛けるテレアポ業者の費用くらいです。

 

リストは最初購入するときは高いですが、一回買えば何度も営業に利用できます。DMの郵送代も数百円程度、テレアポ業者については1コール100円とかもあり、そもそも会社のお問合せフォームに無差別に同じ文章を送り付けるものであれば特別な費用はかかりません。

 

つまり、営業コストが安いってことです。

 

大手仲介会社の最低報酬売手・買手合算で5,000万円の売上が立つのであれば、こうした営業に係る費用は非常に軽微ですし、無駄打ちもできるくらいのコスト感です。M&A業者の利益率が高い点も世の中で注目されることもありますが、こういう原価があまりかからない収益構造がその理由だったりもします。

 

③決算書など資料回収する話にもっていきやすい

みす知らずのM&A業者にいきなり自分の会社の決算書を渡すということに抵抗のある、という方も多いのではないかと思います。

 

ただ、M&A業者としては、言い方が悪いかもしれませんが、「まずこの会社売り物になるのだろうか」というところを知りたがっているので、決算書は最初の段階で欲しい代物になります。

 

そんなとき、「買手います営業」の場合は、(M&A業者ではなく)買手がM&A交渉したがっているが財務状況が分からないから決算書を拝借させていただきたい、とそれっぽい感じで説得力を持った言い方ができます。「買手がいるということに興味があるんですよね?なのに検討資料出せないんですか?」と口に出さないまでも、雰囲気を醸し出す感じでしょうか。

 

買手がいるというウソ話の結論がどうであれ、「M&Aの可能性があることを確認したこと」「決算内容が把握できたこと」がM&A業者にとって重要なので、ウソ話がバレて信用を失うことに目をつむってしまうこともあるということです。

 

④実際仮定した買手と交渉に進まなくても他の買手を紹介しやすい

M&A業者は、この「買手います営業」で想定した買手でM&A成約しよう、とは必ずしも思っていません。

 

なぜなら、1社の買手だけに紹介して成約する確率は低いと分かっているからです。案件にもよりますが、数十社打診してようやく交渉の土台にのるような買手が現れるなんてこともザラにあるくらいの確率なのは、少しM&A実務をやったことのある人間であれば誰でも知っています。

 

なので、「買手います営業」で釣っておいて、「M&Aで売手側がよい条件を得るためには複数の買手に打診することが重要だ」などとそれっぽい説明して、当初想定していた買手以外にも選択肢を増やして成約し、どの買手と成約したとしても仲介手数料を徴収する、というのが王道パターンになります。

 

これは、最初の段階で「弊社が仲介会社になり複数の買手を探します」というよりも、最初特定の買手を挙げた上で「他の買手も」と持っていく方が話が通りやすいということなんだと思います。前者の場合は、「スタートラインが他と一緒なんだから仲介手数料で業者選ぶよ」と言われるリスクもあるため、仲介手数料が高い業者ほど、こういう姑息な手を使いがちなのかもしれません。

 

売手として知っておくべきは、まず「買手います営業」はでっち上げの買手情報である可能性が非常に高く、またその買手情報はどのM&A業者でもコンタクト可能ないわゆる「ストロングバイヤー」である可能性が高いということです。そして、その誰でも知っている買手情報に価値を持たせる話し方は、単に高い仲介手数料を飲ませようとする営業トークであると気づくべきです。

 

 

その結果、M&Aの現場はどうなったか

 

M&A業者による「買手います営業」のメリットは前述の通りですが、これが横行した結果どうなったでしょう?

 

それは、今のM&A業界を表していますが、こういう状況になっています。

 

①ウソ情報による焼き畑的営業が蔓延

こうした営業手法がM&Aの売手開拓に使いやすいということで一気にM&A業者で広がっていったように思います。

 

M&Aコンサルタントという職種の人は同業内転職も非常に多いため、古巣で使っていた「買手います営業」のレタードラフトを新しい職場でも使う人も現れた結果、文章もほとんど同じ形式で使い回されている、ということが起きました。

 

「買手います営業」は、大量にDM・電話・お問合せメールで営業し、今売る可能性のある売手から決算書を入手し、売り物になる売手を仲介契約で縛り、高額な着手金・中間金・成功報酬を徴収していく、というモデルなので、営業を受ける側の立場としては、やたら営業が来て、いざ話を聞いても財務状況だけで品定めされ、いまいちな業者だなと思っても仲介契約に縛られ、無駄に高い手数料だけ取られると受け止められることも少なくありません。

 

M&A業者が営業すればするほど、アンチが増えるということです。

 

このような営業は筆者は焼き畑的営業といっていますが、M&A業者が目先の利益を求め続けた結果ものすごいアンチの割合が増えたとも考えられます。

 

②本当の情報があったとしてもスルーしてしまう

実際のところ、買手が特定の企業に対して「M&A交渉の場があるなら交渉したい」と考えることが無いわけではないです。

 

このようなケースでは、知っている会社だったり取引している会社を対象にしているケースがほとんどですが、いきなり自分の会社を出して「M&Aしませんか」とは中々言いづらいので、M&A業者経由でニーズがあるかまずは聞いてみる、という行動に出ることもあります。

 

この場合は、「買手います営業」だったとしても本当の買手情報を基にした買手います打診になります。

 

でも、売主からしてみたら、それがウソ情報なのか本当の情報なのかが判断付かないわけです。

 

狼少年みたいに、本当に有益な情報だったとしても、ニセ情報と紛れることで機会損失も生まれる可能性があるということです。

 

ちなみに、こういうケースで「買手います営業」をする業者は、だからまずは「買手います営業」だと思っても一回話を聞いてみましょう、といいますが、筆者はこれも聞かなくていいかなと思います。本当の打診というのはせいぜい数社程度の打診なので、毎月何万通もばら撒かれているウソDMと比較すれば、宝くじに当たるくらいの確率なので、それを信用して無駄な時間と情報漏洩になるリスクを負うくらいなら相手にしない方が賢明といえるからです。

 

③悪質な仲介会社が大規模に顧客を囲い込むツール化した

「買手います営業」というのは、DM郵送代やテレアポ外注代に資金をどれだけ投じられるか、で成果の絶対量が変わります。

 

当然、多くの資金を投じられる大手仲介業者などが有利です。

 

大手仲介業者は最低報酬額として2,000万円や2,500万円と高額な設定をしていますが、優秀なコンサルタントや専門家がいるから経費が掛かっているわけではないので、稼いだ利益の多くが内部留保にできます。この資金力があれば、大規模な営業を断続的に仕掛けることもできるというわけです。

 

結果、多くの中小企業のもとには、大手仲介業者の営業が頻繁に来て、それに比例して営業マンとの接触機会も増える形になります。

 

中小企業オーナーはM&Aについて詳しいわけではないので、営業されるがままに仲介契約を結んでしまうことも少なくなく、「報酬設定額が業界標準から考えて異常に高いこと」「専任条項により他の業者に依頼できないこと」などを問題視することもなくそのまま進めてしまうケースも多々あります。

 

これにより、大手仲介業者の資本力での顧客の囲い込みが実現する、ということです。

 

④M&A仲介がフロービジネス化し、サービスの質・倫理観が低下

こんなことをした結果、顕在ニーズだけを拾い、どんな営業手法でも顧客にリーチして仲介契約を取ったもん勝ちという業界になりました。

 

M&Aの専門家というのは、本当はそれを決断するまでの過程にも寄りそうのが重要ですし、M&Aした後も必要に応じて関与が必要なはずですが、今のM&A業界は、大量に拾って大量に買手に投げて、進みそうな案件だけ工数を掛け、当然成約した後は知ったことではない、という動き方をする業者が非常に増えたのです。

 

これはM&A業界で働く人のマインドも変え、不動産業界のような雰囲気を醸し出すような業界になってきました。売手企業に関して言えば、基本的リピート顧客にならないので、丁寧なM&A支援はされず、露骨な成果主義も相まってサービスの質も倫理観も低下したように思います。

 

この結果なのか、M&Aに関する不正や詐欺行為などが各所で発生するという状況になっています。

 

どのようなM&A業者で不正や詐欺行為の斡旋疑いがあるかというと大手・中堅の仲介業者などの名前も一部報道でなされていますが、「大手も問題を起こしているM&A業界ってやっぱり業界としてヤバいね」という評価に繋がっているようにも思います。

 

今、信用できる業者を見分けるにはどうしたらいいか

 

こんなM&A業界ですが、それもいざ中小企業オーナーがM&Aをしようと思った時に自力で行うのは難しいと感じるはずです。

 

M&Aの段取り、交渉相手の見つけ方、面談時に話していいこと悪いこと、どの程度の交渉をしてよいかという肌感覚、契約書のやり取り、どのくらいが一般的なM&A条件かの相場観など、経験値や他のM&A事例が分からないと難しい部分は多いです。

 

そういう意味でM&A業者は役に立ちます。

 

ただ、どんなM&A業者でもいいわけではありません。前述の通り、商品のように扱われることもありますし、経験値が浅いコンサルタントが担当すると、アドバイスもとんでもなかったり、情報漏洩を起こされる可能性もあります。

 

ですので、今のM&A業界において、どのように業者も見極めたらよいかについてもお伝えしておきます。

 

①嘘をつかない(事実と推測をきちんと区別して話す)

人として当たり前なのですが、自分の目的のために平気でウソをつく業者もいるので注意が必要です。

 

また、ウソとは言わないまでも、ご飯論法のように、こちらの質問に対して意図を無視して真摯に回答しないのも信用できる業者とは言えません。

 

M&Aで業者を挟む場合、基本的には、その業者を通してM&A交渉の相手方の意向を酌み取る必要があるため、誤解が生じるような言い方をするような業者では勤まりません。正確に情報伝達できるコンサルタントであれば、事実と推測をきちんと区別して伝え、そこに自身の経験に基づく話が加わるという具合です。

 

言うまでもなく、「買手います営業」は嘘により相手を誤解させてコンタクトを取る営業なので、最初の段階からアウトです。

 

②M&A業界のビジネスモデルを正直に話してくれる人

M&A業界というのは、仲介手数料を売手からも買手からも徴収するということに始まり、結構業者から自発的に言うのを避ける事柄がいくつかあります。

 

なんで隠すか、というと、業者にとってデメリットに感じる展開(手数料の値下げ、仲介契約条項の譲歩、M&A条件の難易度が上がる、など)になり得るからです。

 

筆者はこのブログでそういう内容を中心に発信しているので、同業からは叩かれますが、売主からは感謝されます。理由は売主にとって有益だからです。

 

M&Aは業者や買手が情報の非対称性を利用して思い通りに行うものではなく、売手も同じ情報レベルで対等に買手と交渉するものです。

 

なので、M&A業界のビジネスモデルを正直かつ、自発的に話してくれる人を依頼する業者にした方がいいと思います。

 

③セカンドオピニオンを付けることに抵抗しない

これは踏み絵的な質問になりますが、「セカンドオピニオンを付けてもいいか」という質問をM&A業者にしてみましょう。

 

業者にとって自社のM&A支援が問題ないと思っていれば「セカンドオピニオンを付けてください」と言うはずですし、やましいことやM&A支援の仕方としてツッコミどころがあると自覚している場合は「セカンドオピニオンは付けないでほしい、秘密保持義務違反だ」などと抵抗するはずです。

 

最近では、中小M&Aガイドラインにも業者がセカンドオピニオンを許容する旨の記載があり、M&A業者もこれを誓約しているので、露骨に嫌がるということは少ないと思います。

 

それでも、抵抗を示す素振りが少しでもあれば、筆者が思うヤバい業者であり、選ぶべき業者ではないかもしれません。

 

 

 

いかがでしたでしょうか?

 

今回は業者目線で「買手います営業」について考えてみましたが、業者の手の内を知れる、という意味で売手にも役に立つ情報ではないかと思います。

 

M&Aを制すためには、まずは、「M&A業界」について熟知すること、です。

 

信用できる業者さえ見つかれば、少なくとも納得感のあるM&Aにはなるかと思いますので、ここは抜かりなく頑張りましょう。

 

 

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