お悩み社長
シナジー効果とは相乗効果のことで、M&Aでは、売手企業か買手企業とM&Aした後に協業することで得られるメリットを指します。
とある売手オーナーは、M&Aコンサルタントの方に、
「社長!株価算定結果は希望額に届きませんが、シナジー効果をアピールして株価を上げましょう!」
と言われたそうです。
まず、仲介の立場で「株価を上げましょう」は利益相反ワードなのでコンサルタントとして論外なのですが、「困ったらシナジー」みたいな発想が結構あったりします。
シナジーって仲介会社もよく使う言葉なんですが、たまに「全てを解決してくれる魔法の言葉」みたいな使われ方になってしまっているのでちょっと危険だなと筆者は思います。
なので今日はこの「シナジー効果」について、買手側からみたシナジー効果の考え方も含めて鵜呑みにしてはいけない理由を説明していきたいと思います。
中小企業M&Aで使われる「シナジー効果」という言葉
中小企業M&Aではしょっちゅうこの「シナジー効果」という言葉が出てきます。
例えば、仲介会社から売手企業に提出する株価算定に「シナジー効果によって株価が上下する可能性があります」的なことが書いてあったり、売手と買手のトップ面談などで、「弊社グループであればシナジー効果を出してこんなことやあんなことができますよ」みたいな話題が出てきたりと。
で、売手社長としては、「ん?シナジーってなんだろ?」と思って調べて、とっても使い勝手がいい言葉なので、いつのまにか自分でもよく使う言葉になっていく、という事が多いです。
このシナジーですが、具体例としてはこんなものがあったりします。
・営業活動の一環で、買手企業が売手企業の商品を一緒に販売すること(クロスセル)で営業効率が良くなる
・売手企業社員の管理業務を集約化することで、その他の業務に時間を投じることができるようになる
・運送業者である売手と買手の荷主を共有することで、行きだけでなく帰りも荷物を載せられる
・買手企業が売手企業に資金の貸付をすることで、売手企業の金利負担が減る 等々
業界業種によっても異なりますが、とにかく、売手と買手で協業することで何か価値が生まれれば、それが「シナジー」となります。
あれやこれや説明しなくても「シナジー」の一言で済んでしまうのでとっても便利な言葉ということですね。
実際シナジー効果があると株価が上がるの?
じゃあ、こういったシナジー効果があると株価が上がる。つまり高く売れるの?ということが気になると思いますが、ちょっとこれには注意が必要です。
筆者の経験上、買手企業が買収する対象の会社・事業は、そもそも買手企業の事業に関係があることが多いです。
事業会社はもちろんの事、投資を主にするファンドなどでも、よほど規模が大きい案件でなければ全くの新ジャンルに手を出すのではなく、既出資先とシナジー効果が出そうな会社を買収します。
つまり、シナジー効果が見込めないとそもそも買収を検討しないケースがほとんどということですね。
「シナジー効果があるから高く売れる」というのは売手側の発想で、「シナジーが無かったら買わない(高くては買わない)」というのが買手側の発想なのです。
まずは、相手方の立場に立って考えてみることが重要です。その上で売手側として、株価を上げる交渉ができるか否かについて考えてみましょう。
これには色々なパターンがあるので、それぞれについて考えてみます。
売却する会社が、シナジー効果が無くとも自立自走するケース
これは、M&Aしなくてもきちんと会社としてきちんと運営できるコンディションであり、一定規模の会社で、利益も出しているような会社がM&Aをするというケースです。
このような会社に対して、複数の買手企業が買収に名乗りを挙げた場合には、新しく生まれるシナジー効果分も加味して株価を見てもらうということも可能かもしれません。
株価が高い・安いというのは、1社の売手(もしくは1事業)に対して何社の買手が手を挙げるかという需給バランスによっても影響を受けますが、人気の高い売手に対して買手が殺到した時には、買手の社内でシナジー効果という名目で見積し、一般的な中小企業の理論株価よりも高い値付けをするということは十分に起こり得ます。
筆者も以前、某買手企業の担当者の方と会話をしていたとき、
「この案件は是非進めたいと考えているが、売主の金額目線に合わせるためには、ちょっと違うストーリーで社内を説得しないといけない」
という話が出てきたことがあります。
買手企業が「どうしてもその売手企業を買収したいが、普通に株価の計算をしていたら他の買手企業に金額的に負けてしまう」という状態の時には、株価の算出方法を再考したりシナジーという名目で買収価額を上乗せするということが起こるわけです。
そういう意味では、買手にとってもシナジー効果という表現は便利といえます。
でも、必ずしも黒字企業の売手ならこのやり方が通用するかというと、そういう訳ではないです。
当たり前ですが、売手企業やその事業に魅力が無ければ、買手としても「そんな希望金額高いなら買うの辞めるよ」という反応になるので、売手側が「希望金額で売れなければ無理にM&Aしなくてもいい」という交渉スタンスを取ることができるケースに限定されます。
確実にM&A市場で需要があり、「まぁ、絶対M&Aしないといけないわけじゃないけど、会社の将来考えると検討してもいいかな」というスタンスが取れるのであればこういう交渉方法でもよいでしょう。
M&A市場で需要あるかどうかはM&A業者がきちんと伝えてあげないと分からない部分ですが、M&A案件が欲しいあまり、つい”いいことを言ってしまう”コンサルタントもいるので注意しましょう。
ここで見誤ると売手側としてどの程度の交渉が妥当なのかの判断もできなくなりますので、信用できることを説明するコンサルタントを選ぶことが必須になります。
シナジー効果が無いと今後会社が成り立たなくなるケース
これは、人員が不足しているとか、取引先が無くなったとか、あるいはそのようなことが今後確実に起こる状態の会社がM&Aをするというケースです。
ジグソーパズルのピースが欠けた状態の会社を、M&Aによって買手が持っているピースで埋めるような感じですね。これもシナジーです。
この場合、シナジー効果があるからといっても強気の価格交渉はできないケースが多いと思います。
これは、単純にジグソーパズルのピースが欠けた状態の会社を欲しがる買手が少ないという事情もありますが、根本的に、買手が持っているリソース(ピース)を投入して得られる利益は、買手のものでもあるということが言えるからです。
買手側としてみたら、M&A後に結構な労力をかけて立て直すのに、そこで生まれる利益まで会社を去っていく売手オーナーに全部渡すというのは納得できないというのが普通の感覚ですよね。
お互い謙虚な姿勢で交渉を進めていくことが求められるM&Aでもありますので、売手側としては、変な交渉を持ち掛けてせっかくの良い買手を逃さないようにする必要があります。
依頼する仲介会社の能力値としても上で説明した自立自走するケースよりも高い調整力が必要になるので、失敗したくない場合は、よりニュートラルなタイプのコンサルタントを選ぶことをお勧めします(変な交渉持ち掛けて破談になっても仲介会社は責任とらないです)。
一応補足ですが、ピースが欠けていても価値の高い資産を持っている売手企業だったり、それを埋め合わせするピースがあんまり入手が難しくない(割と多くの買手企業が持っている)場合ににはある程度交渉もできたりと、補完が容易か否かも買手探しの難易度や交渉の優位性を左右すると思ってください。
例えば、ほぼ経理しかやっていない社長が後継者不在で会社を売却するのであれば、埋め合わせるピースは、数字面が管理できる経営者ということになるので、それほど入手が難しくないです。
一方、例えば電気工事会社なのに電気工事士が少ない会社を売却するという状況であれば、埋め合わせるピースは、電気工事士ということになるので、そもそも人材不足で技術者が確保できない昨今で手を挙げる買手企業は少ない可能性もあるわけです(そもそも電気工事系の買手は人員確保が目的で買収するケースも多いですので、いきなり目的が達成できないM&Aになります)
この辺りも冷静にM&Aの市場ニーズを理解した上で交渉方法を考える必要があります。
「たら」「れば」なケース
これは、「販路さえあれば」「人さえいれば」売上や利益が上がるのにな、という会社がM&Aをするケースです。
こういうケースにおいて、売手側がシナジー効果に過度な期待を持つことはあり得ますが、あまり金額的な交渉できないことが多いです。というよりも交渉の土台にさえつけないことも結構あります。
例えば、「販路さえあればうちはすごい会社になる」と商品力に絶対的な自信を持っている売手オーナーの例を考えてみます。
果たしてこの会社の商品は本当に売れるのかどうか、というのは客観的にもかなり冷静に見る必要があります。
もし、本当に売れる商品であれば既に売れている可能性があるからです。
すごい商品は、必ずしも売れる商品とは限りません。少しドライな言い方をするとその商品を開発した人の自己満足的な商品かもしれないわけです。
買手企業からしてみれば、よほどドンピシャな商品(これから買手企業が開発しようとしている商品など)でなければ、販売実績が無いのに「絶対売れる」と売手が言っていても、買手としては「本当かなぁ」と不安になってしまいます。
筆者が担当させていただいた案件でもこのような「たら」「れば」を良く仰られる売手企業の案件はありましたが、買手企業に提案をしたところ、「商品がニッチすぎて市場のニーズがあると思えない」とか「(売手は知らないようだが)既に世の中に同じような商品があり、しかも、それのダウングレード版」と中々厳しいことを言われた経験があります。
「シナジー効果を活かして」というと聞こえはいいですが、独りよがりになってしまうと全く買手との交渉が進まないこともあるので注意が必要です。
ちなみに、どの業界業種でも、長年運営できている中小企業の場合は経営戦略上大手企業が攻めていないニッチ市場で戦っているケースが多いです。
なので、当たり前ですが、最初からニッチ市場を狙った商品であれば大衆受けしない可能性も高いですし、M&Aでも、そのニッチ商材を持っている会社を買収して大衆向けに販売しようという大手企業は現れない可能性が高いのです。
こういう構造があるので、もしM&Aコンサルタントが「社長この商品すごいですね!」といって買手打診を進めた結果、全滅ということもよく見られます。
M&Aコンサルタントと名前はかっこいいですが、きちんと業界分析したり、各業界に精通したマーケティング能力を持っている人はあまりいないと思っておいた方がよいです。M&A業者は特定の業界に特化しています、みたいなアピールは多いですが、その業界で働いた人などがいることはほとんどないので、期待しない方が無難です。
業界知見を踏まえて「社長この商品すごいですね!」と言っている訳ではなく、「興味持つ買手が現れるとりあえずわかんないけど進めてみるか」と思いながら「社長この商品すごいですね!」と言っていることも多々あるので、そこはきちんと見抜くようにしましょう。
M&A業者が言うシナジーは妄想、買手企業が言うシナジーは実現性の高い勘
以上、色々説明してきましたが、シナジー効果をきちんと見出すためには、業界知見が必須であり、企業経営についてもきちんと経験がないといけません。
M&A仲介会社で務めているコンサルタントで「自分で会社を経営したことがある」という人はかなり稀ですし、M&Aコンサルタントとして独立した人でも完全にオリジナルの事業モデルで収益を立てている人もそれほど多くないと思います。
つまり経営素人ってことです。
このようなコンサルタントに「経営とは」「シナジーとは」という答えを求めるのは難しいと思いますし、実務レベルの業界知見は持っていないことがほとんどなので、それっぽいシナジー効果を言われても鵜呑みにはしてはいけません。売手社長の方が圧倒的に正しい理解を持っていると思ってもいいと思います。
強いて言うのであれば、過去そのコンサルタントが成約させた案件で、どういうシナジー効果が得られたかという事例を聞くのは参考になる、という程度です。
筆者も色々な事業モデルは過去作ってきましたが、当然全ての業界を知っている訳ではないですし、ましてや働いたことのある業種など限られている訳で、そこでのシナジー効果を分析して明確に伝えることはできないです。過去事例は色々お伝えはできますが、相談を受けているケースでそれが適用できるかは分からないので、もはや妄想レベルでしかお伝え出来ないわけです。
一方、買手企業が語るシナジー効果については、実現性の高いものとして扱っても良いと思います。
買手企業は、自社の貴重なお金を投じる訳ですので、当然厳密に事業を理解してシナジー効果を検討しますし、同じ業界業種であれば、売手企業をどうマネジメントしていくかというイメージが見える経営者にははっきり見えるものです。
買手には、数字的な根拠を求めるタイプの経営者や、感性を重要視する経営者など色々いますが、少なからず「おっ、これはシナジーあるな!」とビビっとくるのは、何等かの根拠に基づく勘が働いていると筆者は思います。
買手企業から具体的なシナジー効果の話が聞ければ、「何のためにM&Aをするのか」という意味も明確になりますし、M&Aを実行するときにきちんと従業員や取引先にも説明できますので、きちんと確かめ合うようにしましょう。
いかがでしたでしょうか?
妄想で話されるシナジー効果に夢を見過ぎないようにしましょう。
また、本当にシナジー効果が見込めるケースであっても、便利な言葉ゆえに「シナジー効果あるって言ってたけど、具体的に何やるんだっけ?」みたいになりがちなので、気を付けましょう。
また、「シナジー効果がある買手企業を探して高く買ってもらう!」と思うのは良いですが、きちんと自社の状況も客観的に見た上で交渉に臨まれるのが良い結果を生むのではないかなとも思います。
最後までお読みいただきありがとうございました!