お悩み社長
M&Aに前向きな情報はありふれていますが、失敗した事例はあまり世の中に出てこないので気になりますよね。
また、大企業のM&Aで失敗した話はネットでもよく目にしますが、中小企業のM&Aでの失敗事例は少ないように思います。参考までに、筆者の経験でこれは失敗だったなというものについてまとめましたのでご覧いただければと思います。
ただ失敗を書くだけだとどうしても後ろ向きになってしまうので、どうしたらこの失敗は防げたのか、も併せて述べますのでご参考いただけると幸いです。
・致命的な内容が後で発覚して買手企業が全部下りてしまった件
・売手企業の期待値が上がり過ぎてしまった為に、どの会社の条件にも納得できず譲渡できなかった件
・交渉終盤でやっぱり子どもに継がせることにしたため、損害賠償に発展してしまった件
致命的な内容が後で発覚して買手企業が全部下りてしまった件
これは筆者が対応した建設会社の譲渡の案件での話です。
それは大手ゼネコンからの仕事をもらって資材の調達をしているような会社でした。
数ある買手候補のうちから一社と具体的に交渉を進めることになった売手企業ですが、買手候補による買収監査のタイミングでとんでもない事実が発覚しました。
それは、「納品先であるゼネコンと売手社長が揉め、係争関係にあった」という事実です。
更に係争中ということからゼネコンから売手企業への支払がストップしてしまっており、まもなく資金ショートする、ということも明るみになりました。
買手企業はこのような重大な事実をこのタイミングで言ってくる売手企業に対して信頼できない、ということで検討を白紙にし、数カ月後この売手企業は倒産しました。
仲介の立場であった筆者は案件スタートの段階で係争事案は無いか聞いていましたが、その際は明確に「ない」と回答していたため、この事実が発覚した時に「なぜ本当のことを言ってくれなかったのですか?」と聞きました。
それに対して売主は「この話をしてしまったら交渉が不利になると思った」と言い、隠していたことを吐露されました。
後の祭りでしかない話なのですが、この事案にはああしておけば良かったという点がいくつかあります。
中でも大事なのは、「不都合な事実を隠してはいけない」ということです。
売手企業側というのは、そもそも「会社を売る」という行為を少し引け目に感じてしまい、時として「買手企業に足元を見られたくない」という意識が強く働くことがあります。その結果、投資判断をする上で極めて重要な情報を隠してしまうケースも可能性としてはあります。
もしこの話も最初の段階で「取引先と係争関係にあり、数カ月後に資金ショートする」という事実を伝えていれば、買手候補先と会社を潰さす従業員の雇用を守るためには何ができるだろう、という方向性で考えることができたはずです。
株主なので、対価としていくらほしい、というのは当然あって然るべきとは思いますが、会社が倒産する可能性があるような時限爆弾を抱えている状態でそれをダマで売り抜けよう、という考えは許されるものではありませんし、そんなことをしたところで契約書上で損害賠償義務を負うのが普通なので、最終的に全部自分に降りかかってくることを肝に銘じておくべきでしょう。
この事案でのまとめです。
・不都合な事実を隠しては絶対ダメ
・仲介会社などを使う場合は、買手企業の不利益になるかもしれないリスクは仲介者に全て伝えておく
・「悪い情報がある」というよりも「信頼関係が失われたこと」で破談になることも多い
売手企業の期待値が上がり過ぎてしまった為に、どの会社の条件にも納得できず譲渡できなかった件
これは筆者が対応した人材派遣会社の譲渡での話です。
これは筆者が対応した人材派遣会社の譲渡での話です。
売手企業の社長が、筆者の所属していた会社と他の同業M&A仲介会社とで、どちらにM&Aの仲介を委託しようか迷っているという状態でした。
その社長は両方の仲介会社に決算書を渡し、「まずは、株価の試算をお願いしたい」ということで依頼をし、それぞれの会社で株価試算後、社長に提出しました。
筆者の試算した株価が3,000万円~4,000万円に対し、驚くべきことに、もう一社の仲介会社の試算は8,000万円~1億円でした。
筆者の感覚ではどう考えても売手企業に8,000万円~1億円という価格など出る訳が無いと思い、売手社長にもう一社が提示した価格の根拠を教えてもらうことにしました。
その中では、類似会社比較による株価試算でEBITDAマルチプル×10数倍という金額を掛け、その計算により最終試算株価が跳ね上がっていることが確認できました。
※EBITDAマルチプルとは、企業価値(EV)をEBITDAで割ることで得られる倍率のことです。EBITDAとは簡便的には決算書上の営業利益と減価償却の和であり、会社の収益性を示す指標です。つまりこの倍率が高いというのは、収益性に対して企業価値が高い企業(業界)であることが言えます。もちろん単に収益性が低い会社(業界)という可能性もありますが。
普通に考えて、そんな高倍率でその会社を買う会社は無いと思ったので、筆者は売手社長にその旨説明しましたが、8,000万円~1億円という金額に舞い上がってしまい、結局それを出した仲介会社と専任契約を結び、買手探しをスタートしました。
売手というのは、妥当性はさておき、高い株価算定をしてくれる仲介会社にお願いしやすいものであるのです。
結果、半年後に売手社長から連絡があり、「結局納得する条件を出してくる買手が出てこなかった。もう、価格は6,000万円くらいでもいいから御社にやってもらえないか」と言われました。筆者は「6,000万円でも難しいと思います」、と伝え、お断りましたが、これは非常に残念なパターンだなと感じた記憶があります。
こういった事例は、無知な仲介会社の大罪だなと筆者は思うわけですが、このような話は後を絶ちません。
なぜこのような事例が増えるのでしょうか?
それは仲介会社のコンサルタントで未経験者が多いことも関係していると言えます。
仲介会社も大きくなってくると、社内で分業するようになり、社内のフォーマット通りに株価試算の計算に当て込み株価の簡易評価を作れるようになります。その一方で新人コンサルタントの中には、中身をよく精査せず、「こんなもんだろう」ということで提出してしまうような人もいます。
自分で直接買手企業に打診をして、生の話を聞けば、少しは現実的な試算ができるはずです。結局、高い目線感を売手社長に植え付けてしまったために、買手企業に求めるハードルも上がり、成約しない案件になってしまった、というお粗末な話です。
こうならないために気を付けることは以下の通りです。
・仲介会社の試算した株価はあくまで仲介会社の見解。だから買手企業が価格提示するまでは真の相場感が確定できないものであると肝に銘じる
・買手企業のバリュエーションや、業界での標準的なEBITDAマルチプルがきちんとした説明できない仲介会社に依頼すると時間を無駄にする可能性がある
交渉終盤でやっぱり子どもに継がせることにしたため、損害賠償に発展してしまった件
これは筆者が対応した、食品製造会社の案件での話です。
最初の相談の段階で売手企業の社長は、「うちには息子がいるが会社を継いでくれないから第三者に譲渡したい」ということを明確に言われていたため、事業承継の案件として取り組む話で進めていました。
ニッチな技術もあり財務内容も悪くなかったため、割とすんなり買手候補が見つかりました。
そして、基本合意後、買収監査をしていた頃の話です。
「ちょっと話がある」、と売手企業の社長から呼び出された筆者は売手企業の社長の自宅まで行きました。そこには社長の息子もおり、3人で会話することになったのですが、開口一番社長から「実は息子に会社を継がせたいと思っている」という告白がありました。
社長の息子が、会社を第三者に譲渡しようとしている事を知り急遽止めにかかった感じでした。筆者としてはすでに買手候補先との間で買収監査まで進んでいるので考え直してほしい旨を伝えましたが、意思も固く、その話を買手候補先に伝えるしかない状況になりました。
そしてそれを知った買手候補先の社長が激怒し、本件白紙にする代わりに、買収監査でかかった会計士や弁護士の費用に加え今まで買手候補先側で検討に要した時間についても損害賠償を請求する、という話にまで発展しました。
こういった、「やっぱり身内に継がせることになった」ということはM&Aを筆者が仲介する上で稀に発生するものです。
売手社長としては、継いでくれないと思っていた息子が継いでくれるという嬉しいサプライズかもしれませんが、買手候補先にとってはたまったものではありません。
初期の段階できちんと家族会議できていれば、こういう無駄なコストを支払わなくてもいいとも言える話なので、譲渡を考えたらまずは身近で引き継ぎできる人がいないかを考える、その選択肢が全滅したら第三者への譲渡を考えるというのが正解な気がします。
以下、まとめます。
・会社の譲渡を考えたらまずは家族会議
・仲介会社や買手候補先を巻き込んだ後で、「やっぱりやめた」という話をすると費用負担の話が挙がることがあるので、心を決めてから譲渡を進めること
いかがでしたでしょうか?
M&Aというのは面白いもので、一つとして同じ事案が無いので、それぞれ問題になる話題は異なります。
失敗するようなことを防げば、成約する可能性が上がったり、無駄が少なくなることは間違いないので、ご参考いただけると幸いです。