お悩み社長
今回も失敗した事例を取り上げてみます。
一応、前回の記事も以下に載せておきます。
M&Aでこじれて買手が売手に損害賠償!?
早速始めましょう。今日の失敗事例は以下の3つです。
・交渉の最終段階で欲を出して取引が消滅してしまった件
・譲渡後の運営方針を間違ってしまったため、幹部社員が全員辞めてしまった件
・M&Aし終わった瞬間に業績が悪化して赤字に転落してしまった
交渉の最終段階で欲を出して取引が消滅してしまった件
これは筆者が関与した運送会社の事例です。
売主は娘さんしかおらず事業承継を考える上でM&Aを検討していました。
ただ、この売主、かなり頑固なタイプの経営者で、希望価格の話をしていたとき、「俺は20億円から1円でも下がるようなら売らん!」と豪語しているような方でした。
一般的な株価算定では20億円はかなり高い金額でしたが、買手候補もいる状態で、事業が安定しており、なおかつ他社との差別化も明確にできている会社でしたので、ひとまず筆者は案件を進めることにしました。
そして、幸い関心を持ってくれる先が出てきたので、基本合意、買収監査まで進み、いよいよ最終契約というところまで来ました。
当初は20億円もやぶさかではない、という買手企業ではありましたが、買収監査で減額要因もあり最終条件の提示としては15億円が出てきました。
これ以上高くすると、将来的な減損にもつながるリスクがあるため、仲介の立場からしてみても仕方がない価格でもありました。
また、合理的な観点で、これ以上買収する際の株価を上げようとすると、売手企業内の役職員の給与水準を下げるなどコストカットが必要な状態でした。
ただ、20億円を希望している売主としては、その価格を聞くやいなや「ふざけるな、絶対売らん!」とかなり強情になってしまい、その時点で破談になりかけましたが、筆者がなんとか減額の背景を説明し、価格について再検討していただけるよう買手企業に掛け合いました。
事業面のシナジーを見直し、今後の展望を含め値付けをしてもらえるようあれこれ協議を重ねていた際、買手企業の社長から、「わかった、もう18億円出すからもうこれでDoneしよう」という提案が直々にあり、買手企業としては少し妥協し早期の幕引きを望む話の展開になりました。
筆者としては、18億円でも十分本件の会社の価値からするとかなり良い評価だと思い、売主にもご決断いただくように促しました。
しかし、売主としては、今回値上がりしたことを受け、まだごねれば値上げできるのではないかと欲が出て、金額18億円と役員退職金を数千万円、会社所有の車も付けて欲しいという話を持ち出しました。筆者は少々あきれていましたが、売主に何を言っても聞かない状態だったので、買手企業にその旨伝えました。
結果、「それならば今回の話はなかったことにする」と、今までの提示も全て撤回し、この案件の交渉が破談になりました。
売主が最後に爪を伸ばしたせいで、買手企業との信頼関係が壊れ、もはや交渉相手ではなくなったという事例です。
M&Aで会社を譲渡する理由がお金だけの売主によくあるような展開ではありますが、引き際を間違えるともはや後戻りできないことになります。
もちろん、売主だって今まで会社を大きくしてきた、という自信はあっても良いと思いますが、交渉で透けて見える相手方の人間性を見て引いてしまうことは往々にしてあるので、誠意や信頼感がM&Aの成約には必要になってくる例かと思います。
ここでの教訓は以下となります。
・中小企業のM&Aは、買手と売手の信頼関係が崩れた瞬間終了
・株主がもらえる株式譲渡代金は、その後の会社の財務状態や今後の収益力に連動。よって、過度に株式譲渡代金を高望みすると、その後残った役職員のコストカットの可能性が高まる。
・ちょっとした発言が原因で交渉終了もある。交渉終了してからはリカバリー不可能。
譲渡後の運営方針を間違ってしまったため、幹部社員が全員辞めてしまった件
これは筆者が関与した美容関連の会社の事例です。
売手企業は関東一円で5店舗を展開する美容室サロン事業を展開していました。
いままで新規出店を積極的に進めてきた売手でしたが、新規出店にはそれなりのコストがかかり、借入がこれ以上起こせないというところで個人企業の限界を感じたため、他社へのM&Aを考えた経緯です。
この案件で筆者は買手企業探しをした結果、本業は不動産業ではありますが、ヘアサロンを多店舗展開する同じく関東の会社が名乗りを上げました。
美容室はビジネスモデルは基本的にどこも一緒で店舗ビジネスなので同業間で盛んにM&Aが行われます。
交渉自体は特段問題もなく順調に進み、無事に契約締結、株式譲渡を実行しました。
ただ、この直後問題が発生したのです。
買手企業が送り込んだ男性マネージャーの方針が合わず、売手企業の女性幹部が全員退職してしまったのです。一人、二人とかではなく幹部全員です。買手企業にとってはいきなり出資先企業の存続の危機に直面してしまいました。
売手企業では、社長は男性ですが、美容分野で顧客も女性がほとんどという業界においては、接客は全て女性というポリシーがありました。そのため、売手企業の幹部は全員女性という体制になっていました。
女性の幹部にとってこの売手企業で働くモチベーションは「雰囲気の良さ」であって、「給与水準」ではありませんでした。そのため、望まずして買手企業がその雰囲気を壊してしまったがために、働くモチベーションを無くしてしまい、大量辞職に発展してしまいました。
ここでの教訓は以下の通りです。
・売手企業で働いている役職員の「働くモチベーション」は何か、を考えた上で、従業員説明やM&A後のマネジメントの体制を考える必要がある
・女性社員は男性社員よりも、会社の雰囲気を重視する傾向がある(統計上)
・業界構造を見誤ると、M&Aにおけるシナジー効果を見誤る
M&Aし終わった瞬間に業績が悪化して赤字に転落してしまった件
これは筆者が関与した金型製造会社の事例です。
この売主は金属加工一筋40年の職人でした。
娘さんしかおらず、会社の存続のため第三者への譲渡を検討していたところ、筆者と知り合い譲渡を進める話になりました。
正直業績は芳しくなく、職人気質の売主は営業がからっきしできないため、新規取引先も広がらず、年々徐々に事業が縮小していっているという状態でした。
筆者は、売手企業には技術力はあるので、営業に強い会社に買手となってもらい売手企業に弱い部分を補強してもらうような関係性の実現を目指し買手候補探しを始めました。
半年くらいかかりましたが、機械器具卸の会社が検討してくれることになりました。卸業界もマージンが年々削られていく状態だったため、製造部分を取り込み、製造もできる強みを生かして売り込みすることで高利益率で販売できることを期待していたので、見事に今回のニーズは合致した感じになりました。
明確なシナジーのもと話は順調に進みました。
ただ、驚くべきことに、M&Aを進める上で買手企業が売手企業の実態を見る買収監査という作業を飛ばして早く買いたい、と買手企業が言い出したのです。
ビジネスはスピードが命、という買手企業の社長だったので、今回の話のシナジー効果に興奮してしまい、クロージングを急いだのです。
結局のところ、株式を買った瞬間からその事業上のリスクは買手が全部負うことになるだけなので、それを進んで負うということについては、仲介者として一旦は指摘はしますが、最終的には買手に委ねる形になります。
そして、買収監査をすることなく、本件は成約しました。
そして程なくして、問題が発生しました。
買収された売手企業の取引先の取引が半減してしまったのです。取引先の業界全体で需要低下という側面もありましたが、競合他社にシェアを取られていたことも要因でした。
過去の取引先別の売上高推移などの資料も買手企業に開示はしていましたが、ほぼそのような資料には目を通していませんでしたので、気づく由もありません。
買手企業も分かった上で買っているので、売主や筆者に責任を押し付けてくるようなことはありませんでしたが、さっそくリストラや役員報酬の削減に走ることになりました。
ここでの教訓は以下の通りです。
・買収監査(売手企業の財務・税務・労務などの調査)をすっ飛ばすと予期せぬ事態になる可能性が高まるので、「この契約、この取引先、この従業員…がなくなったらどうなるか」を想像してM&Aに踏み切る必要がある
・M&Aとは、極論、契約書を締結し、資金決済・株や事業の譲渡ができれば完了する。だが、妥当性や公平性を担保するために必要な過程もあることを十分に理解しておくべき。
いかがでしたでしょうか。
M&Aに不足の事態はつきものですが、知っているだけで防げるものも多いと思います。
是非、ポイントを押さえて良いM&Aを実現しましょう。