お悩み社長
買手とM&A交渉をする中で、「M&A後に〇〇として〇〇円を支払います」という取決めを落としどころにするケースがあります。
よくあるのが、M&A後退任する時に売主に対して退職金を支払う、というケースでしょう。
これは、M&Aの譲渡対価として受け取るよりも退職金の方が税効果があることがその理由です。
このような取決めをしたとき、売主としてはこんなことを不安に思うことがあります。
「この退職金って本当に支払ってくれるのだろうか」と。
M&Aを行った際に通帳やら印鑑を買手に渡してしまっているので、いざ買手が払いません!と言い出したらどうしよう、と思うかもしれません。
ここでは、後で〇〇します条項を結ぶリスクについて考えてみたいと思います。
M&A後、約束していた退職金が支払われない事例
中小企業のM&Aでも約束していた退職金が払われないという事例があるか、というと実際あり得ます。
悪意のある買手かどうか、というのもありますが、このようなパターンが考えられます。
M&A後売手が損害賠償責任負い、その分減らされるケース
売手にとってM&Aは、売却してそれで終わりという訳ではありません。
譲渡契約書では保証条項が設けられていることが一般的です。例えば、M&Aをする際買手は売手に対して「きちんと社会保険料や税金を払っていますね?」という確認をし、それを明文化する意味で表明保証という形で売手に保証させます。
なので、もし、社会保険料や税金を払っていなかった、ということがM&A後に発覚した場合には、「表明保証違反になるので、この分は請求させてください」という展開にもなり得ます。
ここで、もし、M&A後に支払う予定のある退職金や顧問報酬、その他の約束が存在する場合には、この分を返済原資として買手が見做す可能性があります。
M&A後買手や買収した会社から売手に支払われるお金、というのは、ある意味買手が留保しているお金でもあるので、その点では売手にとっては不利になります。
このケースにおいては、売手にも非がある内容ではあるので、減額されても仕方ないと思うことが多い気がしますが、退職金の使い道を既に決めてしまっている場合には想定外の事態となるので注意が必要です。
こうならないための対策としては、買手による買収監査においてきちんと正確な情報を伝える、最終契約書において後に疑義の生じやすい表現を避ける、といったことでしょう。
会社の業績が悪化してしまい支払能力が無くなってしまうケース
M&Aを境に経営権は売手から買手へと移ります。
そして、時にM&A後に買手が経営に失敗してしまうこともあるでしょう。
ここについては売手に非がある話ではないのですが、現実問題として売却した会社が潰れてしまえば、退職金を支払う能力も無くなることもあるでしょう。
そのようなケースでは、いくら株式譲渡契約書で退職金が支払われることになっていたとしても回収できなくなることもあるということです。
意図的な計画倒産を除き、急激に業績が悪化する際には何等かの前兆があることもあるため、このリスクはM&A後退職金が支払われる期間が長ければ長い程リスクが大きくなります。
対策としては、M&Aと同時に退任するならM&Aと同時に退職金を支払ってもらえるように調整し、M&A後1年間の引継ぎ期間後退任するなら退任時に退職金を支払ってもらえるように調整し、支払われるのが何年も先になりそうということであれば退職金という形ではなくM&A時の譲渡代金として受け取らせてもらえるように調整する、というようなことを考えるのもよいかもしれません。
また、売却した会社の支払い能力が無くなってしまった際には、買手が直接その残債を支払うという取決めにしておくのもよいと思います。
第三者に将来支払われるお金を預けておくエスクローなどといった方法もありますが、コストの面からあまり望ましくないこともあります。
買手が売手を騙すケース
こちらの記事でも取り上げましたが、買手が売手を騙す目的でM&Aをするというケースも確認されています。
ルシアンホールディングスのM&A詐欺?手法とその対策
これは、買手が売手企業の現金を抜き取り会社を倒産に追い込むような恐ろしい詐欺スキームですが、ここでは、「売主の連帯保証を買手に切り替える」という契約書上の取決めを反故にするということが行われています。
始めから契約の内容を守るつもりがなければ何とでも書けるわけで、こうなると売手は何を信じたらいいのか・・という話になってきます。
売手の手取り金額を増やすためにM&Aの対価を「株式譲渡代金」ではなく、「退職金」で支払うことも中小企業のM&Aではよく行われますが、詐欺師がこれを悪用するのであれば、できるだけ「退職金」で支払うことにしておき、M&Aをする時のコストを抑え、退職金を支払う前に計画倒産させてしまう、というようなことも考えうるため、売主側は注意が必要となります。
これについては、契約書に何と書かれようが関係無いため、いかに不自然な買手でないか、ということをM&Aの交渉をする段階で見抜く必要があります。
上記ルシアンホールディングスに関する記事で対策についても記載しておりますので、参考にしていただけると幸いです。
「M&A後〇〇します」条項はリスクがあることを理解する
M&Aの最終契約書では、「後で〇〇します」条項は、「クロージング後の義務」というような形でまとめられるケースが多いです。
今回取り上げたような退職金の他、以下のように実に様々な形の取決めがあります。
・M&A後、売主を〇〇(役職)として顧問報酬〇〇円を支払う
・M&A後、〇〇年度の業績で〇〇を達成したら、〇〇円を支払う
・M&A後、〇〇年度の業績で〇〇を達成したら、1株〇〇円で売主の残りの株式を買い取る
など
M&A後のことなど、誰にも分かりませんので、こうした条項を増やせば増やす程、不確実な取引へとなっていきます。
M&Aをまとめようと売手と買手の足並みが揃っている時は、勢いで性善説に基づいた契約書になりやすいものではありますが、契約書は基本的に揉めた時に見るようなものでもあるので、「もし〇〇という事態になったらどうしよう」と一度落ち着いて契約書をチェックすることが重要です。
有能な仲介者が間に入っていれば違和感がある、後で揉める可能性のある契約文言には注意喚起するものですが、そういったことを一切せず、ただ契約書のキャッチボールをしているだけの仲介者もいるので注意しましょう。
小さい規模のM&Aでも、契約書を弁護士にチェックさせることが推奨されるのは、法律の知識がある人が冷静な立場で、契約の内容に穴が無いかをチェックするためでもあります。
筆者はスポットでもM&Aでは弁護士を起用してくださいね、と売手にも買手にも言っていますが、費用対効果の観点でもお勧めします。
ちなみに、「M&A後〇〇します」という文言は、場合によって違和感のあるテイストに仕上がることがあります。
それは、例えば「M&A後の業績に対して何らかの報酬を売主に支払う」というようなケースなどでよく見られますが、M&Aと同時に売却する会社を退任してもう勤務もしないのに、M&A後の業績について何らかのインセンティブが設けられるようなケースです。
売主としては売却後は経営に関与できないのに、その経営の成果を売主が受け取るということになると、売主としては「経営にタッチしていない中、業績が悪化して、その結果報酬が受け取れなくなるのは理不尽だ」ということにもなりかねません。
よほど安定しているような事業を除き、業績などというのは特に不確実性の大きいものではあるので、あまり不確実性の大きいものを、何等かの金銭授受が発生するトリガーに設定しない方が、揉めにくいようにも思います。
いかがでしたでしょうか?
本記事の読者の中には、もう既に買手と最終契約書を結んでしまっている、という方もいるかもしれません。
M&Aというのは基本的に契約によって取決めされるものですので、契約締結後でも、疑義が生じる可能性に後から気付いた場合には、買手と別途覚書を締結するなど相談してもよいかもしれません。
M&A仲介会社やFA会社というのは、M&Aをしてしまった後は基本的に関与しないというスタンスのところが多いので、お困りの方は筆者や他のM&A実務を知っている方にご相談いただいてもよいかもしれません。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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