お悩み社長
これから会社や事業を売却しようとしたときに、売手としてどんな資料が必要か疑問に思う方も多いでしょう。
基本的に、売手としては依頼された資料を出せばよいので、直接買手と交渉される方は買手に要求される資料を、仲介会社を使う方は仲介会社に要求された資料を出せばよいです。
ただ、筆者もよく経験していますが、売主はあんまり要求される資料が多くなると、「そんなに資料を要求されるなんて・・」と思われる方も多いですし、「そこまで根ほり葉ほり要求されるなんて心外だ」と不快感を露わにする方もいたりします。
M&Aをする大前提は買手が満足をする情報を提供する、なので、露骨に売主が情報を出さない姿勢が見えたりすると、「じゃあ買収するのはやめようか」という話になることもあります。
当然、中小企業の資料の管理の仕方は大企業よりも簡略的なことがほとんどですので、要求された資料が存在しないとかは普通にありますし、存在はするもののどこにあるかが分からないなんてこともあります。存在しない資料を出すことはできないので、余程無いと致命的な資料でない限りは存在しないことが買手の直接的な辞退理由にはなりませんが、存在するのに出さないという非協力的な姿勢は買手が辞退する理由になるというイメージですね。
ここでは、どういった一般的にどのような資料を用意した方がよいのかについて取り上げた上で、提出資料に関するよくある質問について取り上げたいと思います。
M&Aをする時に必要な資料
まず、M&Aを行う時に必要な資料を記載します。
※一旦ここでは一般的な株式譲渡を想定して記載します。
細かめに記載するので、おそらく「めっちゃ多いな」と思われると思いますが、無い資料は提出しないですし、無いと絶対M&Aができないというわけではないので、ご安心下さい。
M&Aを行う時に必要な資料
会社に関する資料
★会社のパンフレット等
★事業所、拠点、倉庫等の一覧
★関係会社の一覧
★会社定款(最新のもの、設立時のもの)
★法人の履歴事項全部証明書
★株主名簿(最新のもの)
★株主の変遷が分かる資料(株式譲渡契約書、譲渡代金授受を証する資料など)
・株主総会議事録
・取締役会議事録
・社内会議の議事録、稟議書
★社内規則(就業規則、賃金規程、退職金規定、役員退職金規定など)
・過去の増減資、配当実績が分かる資料
財務に関する資料
★決算報告書、勘定科目内訳明細書
★法人税、住民税、事業税、消費税申告書
★減価償却台帳
・総勘定元帳
・仕訳日記帳
★進行期の月次試算表、月次推移表
・資金繰り表
・デリバティブ取引一覧、契約書
・事業計画書
・部門別、事業別BS、PL
↓以下は対象資産の状況によって要求されることがある資料
・銀行預金の残高証明書
・在庫の入出庫管理表、滞留在庫の状況が分かる資料
・取引先別の取引条件が分かる資料
・貸倒引当金の詳細が分かる資料
・設備、不動産等の資産について状態、修繕費が分かる資料
・リース資産の詳細が分かる資料
・所有不動産の一覧、用途が分かる資料
・ソフトウェア資産の内容が分かる資料
・保有投資有価証券の明細、含み損益が分かる資料
・出資金、投資有価証券、建設仮勘定の明細
・敷金、差入保証金の預り証
・保険積立金の一覧、商品パンフレット、解約返戻金の金額が分かる資料
・借入金の一覧、借入金利、返済スケジュールが分かる資料、担保状況が分かる資料
・保有知的財産権、商標権等の一覧
・対象会社と関係会社、役員等との取引が分かる資料
税務に関する資料
・国税、地方税、社会保険料、源泉徴収等の納付済を証する資料、予定一覧
・申告済みの事前確定届控え
・過去の税務調査で指摘された内容が分かる資料、修正・更正に係る資料類
法務に関する資料
★取引先との契約書(基本契約書、覚書等)
・業務委託契約書
・顧問契約書
★賃貸借契約書類
★金銭消費貸借契約書
★保証契約書
★その他重要な契約書、覚書等(業務提携契約書、販売権に関する契約書、FC契約書、リベートに関する覚書、長期供給を約する契約書、など)
★事業に関係する許認可証、免許、届け出等
・訴訟事案及び訴訟に発展する可能性のある事案の内容が分かる資料、訴状等
・過去の訴訟事案に関る判決、和解等の内容が分かる資料
・リコール、クレーム等の内容が分かる資料
労務に関する資料
★組織図
★従業員一覧(役職、雇用形態、年齢、入社年月、勤続年数、社会保険加入有無、退職金有無、保有資格、スキル、担当業務等が分かる資料)
★役員、キーマンの経歴書
・給与台帳
・社会保険料支払い領収書、算定基礎届の控え
・雇用契約書
・タイムカード等労働時間の管理の状況が分かる資料
・労使協定書(36協定書含む)
・過去に労働基準監督署から指摘された内容が分かる資料
・過去に発生した労災事故、ハラスメント、労働争議等に関する内容が分かる資料
・過去の退職者の退職理由、解雇者の解雇理由等が分かる資料
★マークが最初の段階で仲介会社や買手に最低限求められる程度の基礎情報、それ以外が買収監査(DD)で求められるレベル、という感じです。
筆者が仲介をする場合は、初回の段階で★以外の資料も頂いた上でM&Aの進め方を組み立てますが、この辺は仲介者によって異なる部分です。
また、何期分必要か、という部分については基本的には直近3期分を求められることが多いですが、買手によってはそれ以上求めることがあります。例えば税務関連の話で言えば、税務調査で7年前まで遡って調査される可能性はあるので、場合によってそこまで資料を要求されることもあります。
提出資料に関するよくある質問
ここからは提出資料について、M&Aの現場でよくいただく質問についてまとめてみます。
教科書的な話だと退屈だと思いますので、筆者の経験上の意見も踏まえて実際どうなの?という部分について解説します。
最初に資料は全部用意しないとダメなの?
上記だけの資料を最初に全部用意するのは大変だと思いますので、必ずしも全部用意しないといけないわけではありません。★程度の資料が一応揃っていれば「この売主やる気ないな・・」とはならないくらいのボリューム感と思います。
上記は株式譲渡を前提にしていますが、事業譲渡であればもっと資料は減ることもあるのでどんなM&Aをするかで必要な資料は変わってきます。事業譲渡であれば、譲渡しない会社に対する潜在リスクを確認するような資料請求はしなくてもいいですが、一方で、譲渡する事業だけの損益や資産の切り分けは必要になってくるといった感じです。
存在しない資料はどうしたらいいの?
資料請求された資料の中には、そもそも作っていない資料も結構あると思います。事業計画書とかは中小企業でわざわざ作成している会社は逆に珍しいです。
存在しない資料は提出する必要はありませんが、買手としては確認したいから請求しているわけなので、極力求められている情報について口頭でもよいので回答してあげる方が買手の心象が良いです。
前述の資料で「~が分かる資料」という表現のものも結構ありますが、資料が欲しいということが目的というより、詳細を知りたい(さらにそれを裏付ける証憑が欲しい)という目的と理解してください。
ちなみに、株主名簿や株主総会議事録など会社法で求められている資料が無いという会社もそれなりにありますが、これはM&Aと関係なく本来あるはずの資料になるので、作成しておくことが望ましいと思います。
無いと回答した資料が後から出てきたらどうしたらいい?
これは遅延なく買手に正直に伝えましょう。
M&Aの場合責任問題に発展するので、資料の有無については、きちんと確認してから「無い」と回答する必要があります。社長が分からないなら、それが分かる人に確認するまではやっぱり必要になってきます。
また、伝え方も重要で、資料が「無い」と断言するのは間違いなく無いと確証があるときにしておき、もしかしたら出てくる可能性があるなら確認して回答するか、「資料の有無を確認して回答する」と返すか、無い可能性が高いなら「無いと思う」という表現で返すなど、ニュアンスにも注意しましょう(あまり「~と思う」ばかりだと確認してくださいという話になりますが・・)。
社長だけでは資料が集められないときはどうしたらいい?
売手企業の中には、資料類の管理を社長が全て管理していない会社も多いです。
でも、M&Aでは細かい資料も求められるので、「さあどうしよう」という売主も結構多いです。
普段あまり資料の管理をうるさく言わない社長が急に経理の方に色々な資料を求めたとしたら、「社長、なんでそんな資料が必要なんですか?」と聞かれてしまい、変な疑いを持たれてしまうのも心配事の一つでしょう。
実務的には、こういった方法を取る方が多いです。
・M&Aの話は伏せ、経営コンサルに相談しているからなどと別の目的を話し資料を出してもらう
・資料提出に必要な従業員にはM&Aの話を正直に話す
従業員に嘘をつくのが嫌な社長は後者を選びますが、これを話すタイミングはせめて話が具体的になる基本合意後にした方がよいでしょう。この辺の事情は当然買手も理解すべきところなので、詳細資料は基本合意後とするのが一般的です。
ちなみに前者の場合は、M&Aが本決まりになったタイミングで「ああ言っていたけど実は・・」と真実を打ち明けることになります。
相手のタイプや信頼関係によってもこの匙加減は売主に委ねられていますので、慎重に判断しましょう。
良い決算にしてからM&Aを進めた方がいい?
ここについては、特に否定はしませんが、必ずしも決算を終えてからM&Aを検討しなくてもよいと筆者は思います。
M&Aは場合によって半年、1年かかったりするので、交渉期間中に決算の状況は変わっていくのが日常茶飯事ですし、前期決算から少し時間が経ってしまったな、という場合でも、進行期の試算表を見せて検討してもらうことは可能です。良い決算になりそうなのであれば、進行期の売上・受注状況や着地見込みを丁寧に説明しながら、それを踏まえて条件を買手に揉んでいただくことも可能です。
どちらかというと、決算の数字に関していえば、どこかのタイミングで良い決算状態であるということよりも、買収後も買手が期待する決算が出せるか、きちんと売主が決算の着地を見通せるか否か、が買手にとっては重要だと考えていた方がよいです。前期は良い決算だったが今期はボロボロになる見通しになる、ということがM&A検討中に発覚した場合は最悪M&Aが白紙になることもあるので、あまり決算のタイミングにとらわれ過ぎず、決算数値についての認識を買手と同期させることを気にした方が取引の安全性を考える上では得策だと思います。
会社の機密情報をそんなに簡単に出してしまって大丈夫なの?
M&Aで要求される資料の中には、事業の重要な機密情報も含まれます。
例えば、とある小売店がその仕入先にあたる会社をM&Aしようとしたとき、その仕入先がどこからいくらで仕入しているかも資料を求めてくることがあります。でも、M&Aされる側の立場である仕入先は、M&Aの為に資料を出さないといけない一方で、通常業務で販売している商品の仕切値を教えてしまうことにもなり、万一M&Aが上手くいかなかったときにリスクが大きいといえます。
特別な技術を持っている会社のM&Aでも、競合他社への競争力の原泉であるその技術についてどのタイミングでどこまで詳細に説明するのかは悩ましいところだと思います。
M&Aでは、一番最初に、売手が買手や仲介者と「秘密保持契約書」(差入式や双務式のものがあり、NDAやCAなどともいいます)なるものを結びます。これによって、提供する資料は漏洩せず、M&Aの検討だけで使いますという義務を相手に負わせることができますが、そうはいっても既に取引がある相手であれば、通常業務で影響が出ないとも限らないと筆者は思います。
では、資料を出さないでもよいのか、というとそれはそれで買手がリスク判断できないこともあるので、「資料を出さずにM&Aしてくれ」と強く主張すると買手が検討を断念してしまうこともあります。
こういった場合には、提出するタイミングは話が具体的になってから(DD以降など)にしつつ、提出した情報を別の用途で利用してはいけない旨、競業になる事業をしてはいけない旨、などを書面に落として締結するのも一つだと思います。
M&Aコンサルタントの中には、「M&Aで普通に要求される資料なんで出さないとダメですねー」と言ってくる者もいますが、何か不利益が生じた時に責任を取ってくれるわけではないので、あまり過信するのは危ないこともあります。
買手によって求めてくる資料が異なるのはどうして?
M&Aをする時に面白いのが、買手によって求めてくる資料が異なることです。
決算書や従業員一覧などを求めてこない買手はいないですが、細かい部分では買手によって異なります。例えば、近年では上場会社の買手がM&Aをする時に法務DDで補助金の不正受給が無いかを確認するようなシーンが多いのですが、中小企業の買手で事業面や財務面の調査に重きを置いてM&A検討するような場合には補助金周りについて深く聞かれないこともあります。
買手の意向や、利用するDD業者によって求められる資料のボリュームや深さは異なりますので、結構ここは売主からすると、「買手ガチャ」みたいな感じになります。
ただ、売主として、買手からたくさん資料を求められないかったからラッキーと喜べないです。
というのも、あまり資料を求めない代わりに何かあったら包括的に責任を取ってねという最終契約書を買手が求めてくることもありますし、M&A後にネガティブな事象が起こり買手が売主に責任を求めるようなことになった場合に「その問題が既にあることは伝えていたよね?」と強く返せないことにも繋がる面もあるからです。
いずれ勃発する問題であれが売主が自発的に開示した方が後々のトラブル回避になります。また、こういう自発性を促す表明保証条項は大抵どの最終契約書でも盛り込まれることは覚えておきましょう。
仲介会社求める資料と買手が求める資料が異なるのはどうして?
仲介会社を使ってM&Aをする売主の場合、最初の段階で仲介会社から資料を求められ、さらに、買手と話が進んだ時に追加で資料を求められるように見えると思います。
これは、仲介会社が大抵どの買手でも求められるだろうと思われる部分は最初に請求し、前述のように、買手毎に求められる資料が違う部分はそれぞれ個別に求められるという仕組みからです。
ここについてはある程度仕方がない部分はありますが、仲介会社や担当するコンサルタントのレベル感によってちょっと勝手が違います。
それなりに経験を積んでいるコンサルタントの場合は、コンサルタント自身で資料の読み込みやDDで確実に聞かれる内容については整理できるので、最初に細かく質問や資料を請求される一方で、買手が現れてからそれほど追加の資料資料や質問が少ない特徴があります。
一方で、新人コンサルタントの場合は、買手からのアクションやDDでの指摘される事項のイメージが付かないため、杓子定規に進めて、資料系については買手から依頼されたものをそのまま売手に請求する、という伝書鳩的な動きになることが多いので、買手が増えれば増える分、追加の資料や質問が増えたり、的外れな質問をそのまま投げられることが多くなります。
コンサルタントの能力や経験が大事だと言われる理由はこういう手間の部分も結構あって、コンサルタントが資料を精査でき、腹落ちできるだけ理解できれば、買手に誤った伝え方をするリスクは減り、コンサルタントで消化できるQAも増えるので、結果売手の負担が減るということです。
いかがでしたでしょうか?
M&Aをする時には、会社に残る細かい情報を網羅的に出していく必要もあるので結構大変です。
たくさんある資料から必要な資料を取り出すとか、紙の資料をPDFに変換するといった作業は仲介会社が入っていれば投げてしまってもよいと思います。
また、複数の仲介会社、複数の買手と資料についてやり取りする売主もいるかと思いますが、毎回それぞれの依頼元に資料をチョイスして出していくのも手間になると思いますので、最初に上記のような資料を一括でまとめておいて、これを参考にしてくださいと出した方が楽なことも多いので覚えておきましょう。
売手側が資料を出す際には、Aという買手にはこの資料を出したけど、Bという買手にはこの資料は出していない、という場合に、AとBそれぞれの提示条件の前提が違うことがあるということは留意しておく必要があります。
減額の可能性が分かる資料を出さずに良い条件提示をもらっても、結局後々の監査でそれを示して減額になることもあるので、「だったらもう一社と交渉していればよかった」なんてことにもなりかねないわけです。M&Aが初めてだとどの情報が減額の話になるかが判断しずらいところもありますので、ここは専門家に確認するのがよいと思います。
筆者へのご質問、ご相談も下のフォームより受け付けておりますので、お気軽にお問合せ下さい。