お悩み社長
今年話題になった「地面師※」ですが、M&Aでもこういうことって起こるの?という質問をいただきましたので、今日はその話題を取り上げてみたいと思います。
※地面師とは、不動産の真の所有者でもないのに所有者になりすまし、その不動産を不正に売却して代金をだまし取る詐欺師や詐欺集団のことです。
筆者はこういう当事者にお会いしたことはまだ無いですが、買手企業から相談を受けたM&A案件で、「あれ?さすがにこれおかしくない?」と感じ、止めたことはありました。
考えてみるとM&Aというのは不動産取引よりも構造的に危ない部分があるので、巧妙にやられると普通に騙されることもあるのでは?とも思います。
昨今中小企業のM&Aの業界では、どちらかというと、買手が売手を騙すというような詐欺の方が取り上げられることが多かった気がしますが、本来はM&Aは、売手が会社株式や事業を渡し、買手がお金を渡すので、買手が騙されないように注意した方がよいものでもあります。
筆者は長年多くのM&A取引に関わっていますが、詐欺師ならどうするかな?と想像をしつつ、そのリスクについて考えてみたいと思います。
M&A取引は不動産の売買よりも危ない?
M&Aでも地面師のように、本当の所有者でもない者が所有者のように振る舞い取引は成立させられるのでしょうか?
ここについては、筆者は成立させられる可能性があると思います。
まず、M&Aの場合は、売買する対象物が会社の株式や事業になってくるので、不動産登記のように所有者が示されているものがありません。
株主でいえば、株券がありますがそれが本当の株券なのかも分かりません。近年は株券不発行会社も多く、この場合株主名簿への記載が第三者への対抗要件になりますが、その株主名簿も偽造されている可能性もありますし、そもそも作成していないという中小企業も結構あります。法人の税務申告書別表2に株主の記載もありますが、士業の先生の認識相違で間違っていることもあったりします。
というか、本当の株主だったとしても証明する資料が何にも残っていないことが中小M&Aではよくある状況です。例えば、創業者が自分で会社を設立したのではなく、どこかの第三者から法人格と免許を買ってきたような場合、当時適切に株主の変更が行われたかを判断する資料がなかった、場合とかです。
多分所有者なんだろうけど所有者であることを証明できないので契約書上の担保を付けて買う、というのはM&Aでは一般的に行われています。
そういう意味では、M&Aの売主が「自分が真の株主だと思っていたけど実はそうじゃなかった」ということもあり得ない話ではなく、売主が善意の売主であることもあるかもしれません。
さらに、地面師事件では公的な本人確認資料を偽造する、ということが行われていますが、これをやられてしまうとどのような取引でも詐欺師と取引をしてしまう可能性があります。
ちなみに、地面師は、不動産取引における売主と買主の関係性、秘密情報管理、仲介者が行う仲介の仕組み、不動産登記の申請と却下のタイムラグなどを不動産取引の盲点を利用して詐欺を行います。
これ、M&Aに置き換えてみると、結構似たような構造があります。例えばこんな感じです。
・他の買手との競合関係がある
・M&Aは秘密裏に進めるから従業員への接触、周辺への聞き込みができない
・直接取引が禁止されている
他の買手との競合関係がある
地面師が持ち掛ける物件というのは、どの買主にとってものどから手が出るほど欲しい物件です。
そもそも、地主と買主の関係は地主の方が圧倒的に強い立場にある中、さらに、それが競争力のある物件であれば、売主たる地主が買主を選ぶ、という構図になります。なので、「あんまり金額交渉するなら他の買主に売りますよ」とか平気で言えちゃうわけですね。
M&Aでもそういう需給関係はあって、売り案件が世に出た瞬間に買手が群がる人気案件というものが存在します。例えば、一定規模以上の不動産管理会社とか、IT業界の一部の業種などです。
こういうM&Aでは、少なくとも基本合意で独占交渉に入るまでは売手が選ぶ立場であり強い、ということが普通です。
「高い金額でないと交渉もさせてもらえないかも」「早く決済させる前提でないと交渉できない」など買手側の思惑を誘発することもあり、これはまさに地面師詐欺で起こる買主心理と一緒です。
M&Aは秘密裏に進めるから従業員への接触、周辺への聞き込みができない
地面師が詐欺師だとバレるのは、現地調査をしたときです。
交渉相手の写真を周辺住民に見せて「この人はここの地主じゃない」という証言が得られれば事前に詐欺の被害に遭うのを回避できることもあります。
M&Aでも「この人はこの会社の株主ですか?」と聞きまわればよいと思うかもしれませんが、一般的にそういうことはしません。
まず、M&Aは買収する会社の幹部や従業員にも秘密で進めることが普通であり、売主や仲介者と秘密保持契約を結ぶので、他者を巻き込むような調査はできないからです。
また、たとえ「この人はこの会社の株主ですか?」と聞きまわったところで、正確な情報が得られるか分かりません。会社の株主なんて誰も分からないですからね。
不動産物件でも「住んでいる人=所有者」と限らないように、会社も「社長=株主」とは限らないので、会社によく出入りしている偉そうな人だったとしても、当たり前ですが株主とは判断できません。不動産なら登記を取れば所有者の名前は出てきますが、株主の場合は会社の謄本を取っても分かりませんので、参考になる情報すら何も得られないこともあるということです。
直接取引が禁止されている
不動産取引とM&A取引は、仲介者の役割がとても似ています。
仲介者がいる場合には、交渉に関するやり取りも仲介を通して行うことになるので、「現地見学をしたい」「売主と会って会話したい」ということも全て仲介者を介して依頼します。M&Aの場合、仲介会社から売り案件を持ち込まれて実名開示する段階で買手が「直接交渉禁止」の義務を負わされることが一般的なので、買主が売主と直接コンタクトすることは即ち契約違反になります。
だとすると、地面師詐欺のように仲介者が詐欺に加担していた場合は、「売主に直接会いたい」と言っても仲介者が売主の意向を代弁している体を演じてなかなか会わせてくれないなんてこともできてしまいます。
もちろん買主が売主に一度も会わずにM&Aをする、というのは現実的ではないので、詐欺師が本人になりすまして会うことができる機会はあるかもしれませんが、売主と買主が気軽にやり取りできず、詐欺師であるという違和感を感じる機会が少ないのは詐欺に遭うリスクが上がることに繋がります。
実は軽微な地面師的M&A詐欺は横行している?
M&A取引が不動産取引と似ているところもあり、地面師詐欺のようなことが起こる可能性についてはありそうですが、筆者はまだそういった関連の詐欺で大掛かりな話を聞いたことがありません。
その理由としては、「そもそもM&A取引は近年増加しており不動産取引より歴史が浅い」「M&A取引は不動産取引よりも交渉期間が長く、インタビューなども含めた買収監査もあるため詐欺が成立しにくい」などがあるかと筆者は想像します。
ただ、実は地面師的な詐欺は既にあるにはあるという話はしておきたいと思います。
以前、こちらの記事でも取り上げた着手金詐欺、中間金詐欺や、月額報酬詐欺です。
着手金詐欺?中間金詐欺?月額報酬詐欺?M&Aで騙されるポイント
どういう詐欺か、というと、悪意を持った仲介会社がどの買手でも買収したがるような優良案件の話を持ち掛け、売手企業の情報開示や具体的な交渉への匂わせをエサに、買手から着手金を騙し取るという手法です。
当然、買手は具体的に交渉したくて着手金を払うのですが、実際には色々な難癖(他の買手と独占交渉に入ってしまった、売主都合で売却の話が無しになった、など)をつけて交渉できなくさせてしまうのです。売主はこんなやり取りがあることを知らずに、金銭も受け取らないこともあるので、仲介者の単独犯でもできてしまいます。
また、売主側は、「貴社とM&Aをしたい買手がいる」という嘘情報をちらつかせて営業をして売主に着手金を払わせたものの、ろくに買手探しもせず放置するという詐欺もあります。
M&A仲介の着手金だと、金額が100万円とかそのくらいの金額だったりもするので、裁判の費用や手間を考えると結構泣き寝入りしていることもあると筆者は聞いており、それゆえ判例などもあまりないのだと推測しています。
こういった詐欺の話は名前の通っている仲介会社でも噂が立ちませんので、今は規模に関わらず仲介会社などのM&A業者に対しても警戒した方がいいのかもしれません。
地面師のような詐欺師に騙されないためには?
さて、話を戻しますが、地面師のようななりすまし手法を駆使したM&A取引上の詐欺を防ぐためには、買主はどんなことに気を付けたらよいか、についても考えてみます。
筆者が考えるにこんな点に注意した方がいいかなと思います。
・売主と会えない?
・資料が出てこない案件ではない?
・仲介者が怪しい?
・買収監査を省略させられる?決済を急かされる?
売主と会えない?
売主と会えない案件は怪しいと思った方がいいかもしれません。
中小企業のM&A案件でも、入札案件のような形式もあり、「買手が殺到しているから面談する前にまずは一次入札として意向表明書を出してください」みたいな運用になっている案件も存在しますが、M&A成立までは買収監査の期間もありますし、面談する機会は普通は度々あるものです。
M&Aとは会社と会社の結婚みたいなところがあるので、お互い良く知ってから取引しましょうというのはおかしな依頼ではありません。なので、「お酒の席で交流を深めたい」とか「ちょっと近くに寄る予定だから売主に合わせてもらえないか」という感じの断りにくいオファーをしてみるのもよいでしょう。
不動産と違って会社を売却するというのは、従業員や取引先との関係も一緒に譲渡するということなので、普通の売主は「高く買ってくれればそれでいい」「早く決済してくれればそれでいい」という希望だけではありません。変な売り方をして従業員や取引先に恨まれるのも嫌がるからです。
それでも会わない理由を並べられるようなら、警戒度を上げて対応するのがよいでしょう。
資料が出てこない案件ではない?
以前、筆者が買主さんから相談を受けた案件はこれでした。
事業譲渡の案件だったのですが、売主側から提供される情報はExcelで作ったような部門別PLくらいで、会社の決算書など譲渡対象の資産が分かるような固定資産台帳を請求しても、譲渡対象以外の情報も載っているからダメ、という回答を受けたがどうしたらいいか?という相談を買主さんから受けました。
詐欺と関係無くとも、M&Aにおいては売主側が情報を出し渋る場合は買手は警戒した方が良いです。あと、そもそも決算書も無いのでは普通に投資判断も出来ないので、手を出すべきではないです。
ちなみに、もし詐欺だった場合は、会社の内部資料を入手できていない可能性もあります。総株主の議決権の3%以上を保有する株主であれば、株主の権利として会計帳簿の閲覧と謄写の請求することができるはずなので、内部資料が入手できないということは真の株主ではないのでは?などと一度考えてみるのもよいでしょう。
仲介者が怪しい?
これを言い出すとキリがないのですが、案件の持ち込みされた経緯も注意した方がよいです。
地面師の場合、仲介者も地面師だったりするので、まず「本当に仲介なの?」という点は疑問に思うところかと思います。
ただ、日本のM&Aマーケットにおいては、良質な売り案件は仲介会社が持っていることが多い構造になっているので、仲介会社からの持ち込みをシャットアウトすると、良い案件に巡り合えないということに繋がってしまいます。
これは答えは無いのですが、「仲介者として普通はいわないことをいう」「普通はしないような交渉を持ち掛ける」という言動があったときに問題視する、ということが重要かなと思います。これは、M&Aに不慣れな買手では見抜けないと思うので、知見がある方に相談してください。筆者に相談してもらっても大丈夫です。
ちなみに、「小規模のM&A業者」=「怪しい」とは言えません(むしろ筆者は、大手・中堅仲介会社の方が過去の詐欺事件でも関与していることから、上場していようがテレビCMしていようが警戒したほうがよいという意見です)。
買収監査を省略させられる?決済を急かされる?
M&Aにおいて地面師的な売主による詐欺が行われるのだとすれば、間違いなく買収監査を簡略化させることを求められるはずです。
「売却する会社のコンディションを考えると早く売買した方がいい」「売主に持病があり早く売りたがっている」「本業が上手く言っておらず融資の返済のために〇月までに決済しないといけない」「〇月までに決済してくれる買手でなかったら交渉しない」、だから買収監査をちまちまやらずに買収してくれ。こういう感じの交渉です。
確かに、M&Aを検討している売主は早く売りたがっていることもよくある話ですが、婉曲的な伝えられ方でも買収監査まで端折らされるような要求を出してきたときは要注意です。
どれだけ魅力的な案件でも、満足いく調査をさせてくれないならM&Aをしない、という確固たる決意で臨んだ方が、結果的にはよいと思います。これまでに工数や多少の経費を使ってしまったとしても、案件を見送る勇気を持つことも時には必要です。
いかがでしたでしょうか?
今後こういった詐欺が出てくるかは分かりませんが、M&A取引や仲介の仕組みを理解しておくことで詐欺師の口車に乗らずに済むこともあると思いますので、よく調べつつ、少しでも疑問がある場合には、色々な専門家に相談してみるのもよいでしょう。
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