お悩み社長
今回、中小企業庁が「中小M&Aガイドライン」を更新して現在第3版が公表されています。
参考 中小 M&A ガイドライン(第3版)-第三者への円滑な事業引継ぎに向けて-
依然として仲介会社がおかしな営業をしていたり、重要な説明をすっ飛ばしたり、利益相反と思われる行為をしていたりという背景もありますし、こちらの記事でも紹介した「売手を騙す買手」の話まで出てきてしまっているので、もっと厳しいガイドラインにする必要があるという声もあったのか更新されました。
ルシアンホールディングスのM&A詐欺?手法とその対策
今回はこのガイドライン第3版でも取り上げられている「経営者保証解除」についてお伝えできればと思います。
上記のルシアンホールディングスの事件では、仲介会社がろくに買手を調べもせずルシアンを紹介、ルシアンが買収後に売手のお金を抜いて音信不通、M&Aした会社の金融機関借入の個人保証が売主のまま(ルシアンに変更されていなかった)ため、M&A後にも関わらず借入金の返済義務を売主が負うことになってしまった、ということでした。
もし、M&Aとセットで売主の個人保証を抜いていたらこんなことにならなかったのに、という話なので、仲介会社はきちんと経営者保証解除の重要性を売主に説明していたのか?もこの話では問われています。
実際のところ、多くの仲介会社は基本的に経営者保証解除には消極的であることが実情だと思います。
その理由については以下で触れますが、そもそもM&A仲介会社が成果主義であることから色々な問題が起きている感が否めないので、売主もM&Aの基礎知識を付ける以外にも選ぶ仲介会社を間違えないようにしましょう、という話をします。
経営者保証が問題視されにくいM&Aの現場
日本の金融機関では融資をする際に代表取締役個人の連帯保証を取ることがあります。
中小企業では株主兼代表ということも多いものですが、株式会社における株主は本来有限責任なのに、個人の連帯保証があると「会社の失敗」=「自己破産」になりかねない、ということになります。
この慣習の是非はさておき、M&Aというのは、株式譲渡であれば売手が持っている株式を買手に売却して経営権を移すことを指しますが、仮に買手がM&A後に事業を失敗したら買手が責任を取るべきであって、売手に飛び火しない(売手に故意・過失があるケースなどを除いて)のが常識的に考えても理解しやすいところかと思います。
でも、売手の個人保証が残ったままだとこのような買手が事業を失敗したケースでも売手に飛び火します。
だから、M&A(株式譲渡)と個人の連帯保証解除はセット、というのが基本的な考え方になります。
それでも、いざM&Aを進めてみると、そこまで経営者保証に論点にならないままM&Aが成立することも少なくありません。
理由は様々ですが、こういったことが一例として考えられます。
・M&Aをすれば自動的に個人保証も外れるだろう、という売手の勘違い
・売手がそもそもあまり内容が分からず契約締結している
・売手が、金融機関との契約書の所在が分からず実態が分からない
・仲介会社が作った企業概要書に個人保証を解除を希望する記載があるのを売手が見て、買手にも伝わっているだろう、という売手の希望的観測
・仲介会社が取り分けて重要な点であることを説明せず買手案をそのまま飲ませてしまっている
筆者はM&A仲介として現場にも出ていますが、結構な頻度で「思い込み」「勘違い」は発生しています。
売手にとって普通はM&Aなんて初めてなのでこれは仕方無いです。
なので、ここは仲介会社が主体的に言ってあげないと論点にもならないこともありますので、仲介会社が個人保証が残るリスクや個人保証を残さないためのM&Aの段取りについて説明すべきと思います。
では、仲介会社が指摘すれば大丈夫か、というとそれだけでは不安です。
そもそも売手が連帯保証の契約があること自体を仲介会社にも買手にも伝えていない場合には論点にならない可能性もあるので、最低限自分の会社が締結している契約書は把握しておくべきでしょう。
また、指摘するニュアンスはコンサルタントそれぞれですので、本当に理解してくれるまで何度も伝える人もいれば、とりあえず指摘したという事実だけ残せればいいと思っている人もいます。もし、売手から「金融機関との契約書が残っていない」といわれた時に、それでは金融機関から取り寄せてください、とまで踏み込まない仲介もそれなりにいると思います。
なぜ仲介会社が経営者保証解除の問題に関与したがらないのか、その理由を考えてみます。
仲介会社が経営者保証解除に消極的な理由
仲介会社が経営者保証解除に消極的な理由は、筆者の思うところ以下のような点が挙げられるかと思います。
金融機関との折衝でクロージングが先延ばしになる
仲介会社というのは基本成功報酬の会社が多いので、できるだけ早くM&A実行まで進めて、早く報酬をもらいたいと思うものです。
それが、売手と買手以外の金融機関を入れて調整をすると当然M&Aが長期化します。
これが、できるだけ案件の回転率を速めたいと思う仲介会社の思惑と逆行するのです。
そうなると「売手の安全」を優先するのか、「仲介会社の利益確定」を優先するのか、の話にもなってきます。
毎日成果を出すことを求められている成果主義のM&A仲介会社に所属していながら「売手の安全」を優先できるのか、は、筆者の感覚としては非常に疑わしいと思っています。そもそも顧客ファーストで仲介会社がこれまで活動していたらこのようなガイドラインにはなっていないはずです。
それくらい競争の激しい仲介会社のコンサルタントは早期の成果を求められているものです。会社として「スピーディーなM&A」を謳っている仲介会社ならなおさらです。
また、先延ばしになるだけでなく成約率にも影響しかねないケースもあります。
例えば、M&Aの買手に資金力や信用力が無いということから、たとえM&A後に買手の連帯保証を差入したとしても売手の連帯保証を解除してくれないような金融機関判断になったときは、M&Aの実施事態も雲行きが怪しくなってきます。
成果にしか目が無い仲介会社からすると、経営者保証解除に積極的に関与するというのは百害あって一利なし、とも捉えられる部分があると言えます。
仲介会社が金融機関との折衝方法が分からない
仲介会社のコンサルタントは肩書は立派な方も多いかもしれませんが、全員が全員、金融機関と折衝したことがあるわけではありません。
M&Aコンサルタントは、売手と買手、あとはそれを取り巻くDD専門家や、売手企業の従業員(キーマン、事務責任者)などはM&Aを進めていく上で接する機会はありますが、金融機関と折衝という機会が必ずあるわけではありません。
金融機関もM&A仲介やFAをしているケースもあるのでM&A業者として連携するとかはありますが、そうでなければ、今回のような経営者保証の解除というケース、債権者保護手続きで関与するケース、買手がM&A資金を調達するケースや再生案件でバンクミーティングに関与するケースなど、交渉の要素が入る時には重めの内容もあります。
いざとなったら融資を全額返済しておさらばできるとか、銀行が融資してくれなくても自己資金で賄える、というコンディションでなければ、金融機関に許可・承諾・決済をもらうなど、金融機関が強い立場で話が始まることも少なくありません。
なので、金融機関との調整事に苦手意識を持っているM&Aコンサルタントは実は結構多いと思います。
それでも顧客の為と動くコンサルタントもいれば、必要以上に金融機関との交渉を避けるコンサルタントもいます。ただ、経験が無いと、的外れな接し方や、内諾をもらったと思いきやそうではなかったなど想定外のことも起きやすくなります。ここは金融機関内の稟議・決済の仕組みも理解しておく必要があります。
金融機関との折衝が必要になる保証人解除の交渉については、逃げ腰のコンサルタントは論外として、経験のないコンサルタントでも心もとないと感じるでしょう。
金融機関がM&A案件にちゃちゃを入れてくるのが嫌
M&Aで金融機関への相談したのに、金融機関がM&Aを妨害してくることも実際あります。
最近では金融機関も、金利で稼げないからとM&A仲介など手数料ビジネスに本腰を入れるところも増えていますが、優良企業のM&A案件は受託したいらしく、M&Aに絡む相談を金融機関にした結果、M&Aの営業をしてくる金融機関もいます。
筆者が以前遭遇したケースでは、某メガバンクがメインバンクの優良企業の譲渡案件で、買手も売手側のメインバンクを立ててM&A資金を借りれないかの相談をしたことがありました。買手としては別にその某メガバンクで借りなくてもよかったのですが、これも縁だからと相談したのです。
そこで某メガバンクが取ったのは、買手には融資できない(借入規模が大きい、遠方である、など様々な理由を付けていましたが融資に耐えうる背景資産は有りました)と厳しい対応をしつつ、買手も仲介者もいないところで、売手に対して「弊行であればもっと資金力のある企業をご紹介できます」と営業する、という行為でした。
売手と買手の間では話はまとまっていたのと、さすがにこれは行儀が悪いだろうと売手も買手も某メガバンクの対応を問題視して、最終的には他の銀行でM&A資金を調達し、併せてM&A後に某メガバンクの融資を全部借り換えするということにまで発展しました。
金融機関がM&A仲介やFAをやり始めたことで、債権者だけでない立場にもなってしまったので、正直気軽に相談しにくいところはM&A当事者や仲介会社としてもあると思います。
そもそも金融機関がM&A業務をしていることを知っているにも関わらず売手が金融機関にM&Aの相談しないのは、他でもなく債権者だからという部分も少なからずあると思うので、金融機関が債権者の立場としてM&Aに関する相談を受けたら、M&Aの営業などせず債権者の立場で対応するべきです。
筆者の場合、経営者保証解除の話をしに行くときには、事前に売手と買手で最終条件について合意をして、反対されたらこういう対応をするということまで売手と買手で認識合わせするなど外堀は埋めてから対応するようにしていますが、あまり話もまとまっていない段階から「経営者保証解除の話を金融機関にしにいこう」とけしかけるコンサルタントがいたとすれば、それはそれで危ないように思います。
つまるところ、仲介会社が経営者保証解除に消極的な理由は、面倒でメリットが無いから、ということに尽きると思います。
だからこれまで多くのコンサルタントはM&A後に当事者の責任で経営者保証解除をさせるというスタンスを取ってきました。でもこれは変えないといけません。
仲介会社がきちんと経営者保証解除の論点に向き合うためには、担当コンサルタント自身が「完璧なM&Aを仕切った」というような自己満足的な感情が湧かないと積極的になれないでしょうし、コンサルタントを雇う仲介会社側としても、きちんと手順を踏んだコンサルタントを評価する仕組みも必要だと思います。もしくは後で何か問題が発生した際は罰せられるなど、抑止力を付けるか。
でも、筆者の考えでは、成果主義の仲介会社には売上・利益以上にこうしたプロセスを評価する仕組みができるか、というと基本的に不可能だと思っています。
結局、成果を求められているコンサルタントにはリスクが伴う
このブログでも色々取り上げているM&A仲介会社の問題行動というのは、原因が成果主義の風潮にあるというと辻褄が合うことも結構多いです。
迷惑だと分かっていてもDMや電話を繰り返しかけたり、買手もいないのに買手がいるとウソをついて営業する仲介会社がいるのは、是が非でも案件を受託しなければならない成果主義だからだし、
ちゃんとネームクリア確認をせず勝手に買手に打診するのも、情報漏洩が起きようが話を前に進めようとする成果主義だからだし、
重要事項をすっ飛ばして説明して当事者に重要な点について問題視させないようにするのも、後で問題が起きようが案件をできるだけ早く進める成果主義だからだし、
買手に不審な点があっても売手に強く勧めるのも、案件をできるだけ早く成約させる成果主義だからです。
上場している仲介会社であれば株主から利益を求められるので社員であるM&Aコンサルタントに成果を求めないわけにはいかないですし、上場していなくても成約しないと売上が立たない成功報酬なのであれば、やっぱり固定費以上は稼げと経営層は普通思うでしょうから、仲介会社の社風としてはできるだけ短期で成果を出させる方向になります。これを個人の倫理観・プロ意識で上手く立ち回るというのも現実的でない気がします。
筆者は独立してから自由にやっていますが、自分の関与した案件でM&A後問題が起きないように時間をかけてでも”M&Aを仕上げる”という意識での働き方は、勤め人では無理だと思いました。
大手の仲介会社に任せる売手は、大手なんだから全部お任せで大丈夫だろうという発想を持っている人もいますが、違います。成果を求められている分、不必要に急かされますし、本来行う必要のあるM&A上のアクションについて省かれていないか自分自身もM&Aの知識も必要なのです。
腰を据えて、M&Aについて分からないところがあれば親身に相談に乗ってもらい、納得いかない部分があれば立ち止まってくれるというコンサルタントを探しているのであれば、相談に行くのは成果主義の仲介会社は適切ではないと筆者は思います。
では、成果主義の仲介会社とはどこなの?という話ですが、個別のご相談で筆者に聞いてもらってもいいです。探し方含めて相談にのります。
悪意のある買手で、経営者保証解除ができずにM&Aをしてしまったら本当に悲惨なことになりますので、会社や従業員の為にも仲介会社選びで誤らないようにしましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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